失踪したユリアの行方はいつまでたっても分からず、手がかりさえつかめない。レヴィンが言うように敵に捕らわれたにしても、敵の情報すら入ってこないのは釈然としない。
しかしラナが手を尽くせることは何もないと言われている。今はセリスやオイフェ、アーサーといった一部に任せるのみで、今の状況は余計な人員を割くほうが後手に回る、余計な心配をかけるべきではないというのがレヴィンの決定だった。
ラナは、ユリアと仲がいいつもりでいたけれど、だからといって何ができるわけでもない。人探しに特化した魔道書や杖があればいいのにと思うけれど、そうもいかない。感情だけでは何もできないという事実が無性に腹立たしい。
せめて何かしたい。間接的でいいから手助けをしたい。
それは単に自己満足で、本当は休む方が最終的な手助けになるということは分かっている。例えば、敵の本拠地が判明したらワープの杖を使うかもしれないし。誰かが傷ついて戻ってくるかもしれないし。それは起こらないほうがいいことだけれど、何が起こるか分からないから。
だからその時のために本当は休んで英気を養うべきなんだろうけれど、ラナはちっぽけな自己満足のために、良くないと思っていても勝手に行動してしまう。
ただし、迷惑にならない程度で。
さて。迷惑にならない程度はどのくらいか。
お茶を淹れ、軽食を作るくらいだ。
軽食は、サッと取れるものがいい。でもなるべくおなかにたまるくらいのもの。熱くなく、冷たくないもの。時間をおいても不満なく食べられるものがいい。そして限られた食材で作れるもの。
サンドイッチにすることにした。
パンにはさむ野菜と、すでに下処理の終えている塩漬け肉。ある。ピッタリだ。お茶は、冷めたら冷めたで仕方がない。でもたしか冷めても苦味が少ない銘柄があったはずと備蓄庫を漁った。兄が無類のお茶好きなラナは、そこそこ精通しているという自負がある。しばらくして目当ての包みを見つけた。
何人くらい関わっていたかしら、と頭の中で数えていると、水差しを片手にやってきたのはセティだった。
「どうしたんだい、ラナ。必死な顔をしているよ」
「セティ……」
そういえばこの人も捜索隊の一員だった。うつむきがちにラナは視線を伏せて、声が小さくなってしまう。
「……みんなにお茶と、サンドイッチでも、とおもって」
「作ってくれるって? 大丈夫」
セティの声は大きくて、優しく聞こえる。
ラナは首を傾けながらセティの手から水差しを奪った。そのまま水を注ぐ。セティの顔を見られない。
「大丈夫っていうのは、ありがとうって意味じゃなくていらないっていう意味だからね」
優しい口調のセティの言葉は追い打ちだった。
分かっている、分かっているから顔を見られないのだ。だから黙って水差しを奪ったのだ。かして、なんて言葉もかけられなかった。
満杯になった水差しを胸の前できつく握る。セティはラナに近づいて両手を差し出す。もちろんこれは、サンドイッチを今すぐ作って欲しい、でなければ、お茶が欲しいな、でもなく、ラナを今すぐ抱きしめたい、でもない。
さっさと水差しを返してくれ、だ。または、水を汲んでくれて助かったよ、じゃあね。
ラナは首を振った。
「何かしたいの」
「ありがとう、きっとみんな喜ぶよ」
でも、と続くのは、ラナにはよくわかっていた。そして案の定である。セティの口調が優しいのが、また胸が痛い。
「それなら休んでいてくれ。ラナにできることは何もないよ」
なんてはっきりものをいう人だろうか。拒否するにも、もっと優しい言葉を選んでくれればいいのに。
だが、それでラナがくじけないのをわかっているのだ、この人は。セティだからこそ、ラナをこんなにもきっぱりと拒否できるのだ。
ラナのことだから、じゃあお茶だけでも、なんて言おうものなら、誰か一人でもカップが空になればすぐにそれを満たす。冷めれば淹れれ直す。それだけが自分の使命と言わんばかりに。空回りだ。無意味だ、そんなこと。
だからこうやって拒絶してくれるのだ。
優しいから。思いやりがあるから。ラナのことを考えてくれているから。
それもまた、分かっていた。
「……あなたって意地悪ね」
「これ以上なくラナには優しいだろう」
セティは軽く肩をすくめた。その肩が戻る前に、ラナは水差しをセティに押し付ける。
「意地悪よ」
「……この騒動が終わったら、お茶が欲しいな」
セティは優しくラナの腕に触れた。ようやくラナは顔を上げてセティの瞳を見つめる。少しだけ疲れている、それでも活力にあふれたセティの知的な瞳。
「二人で飲もう、サンドイッチじゃなくて、ラナのお菓子がいいな。とびきり甘いもの」
そうね、とラナもようやく諦めをつける。本当に、何もするべきではないと分かっていた。自己満足なんて捨ててしまったほうがいいのだ。邪魔なだけなのだ。
「わかったわ。大人しく、待っている」
水をありがとう、とセティはラナの腕を撫でながら体を離した。