あなたとお茶を

(リーフ×)ティニー、ナンナ


 ナンナさん、折り入ってお願いしたいことがございまして、と胸の前で両手を握ったティニーからの申し出をうけたのはしばらく前のことである。少なくとも今駐屯している町ではない、もう二個くらい前の町のことだった。
 ティニーは堅い、と他人事ながらナンナは思う。ナンナも十分にお堅いわよとすかさず脳内のフィーに突っ込まれるが、そのナンナが堅いと思うくらいにティニーは堅いのだ。
 ティニーとナンナは、フィーと程ではないにせよ友人関係にある。知り合い以上の友人程度ではあるかもしれないけれど、まあまあうまくやっている。ふたりきりになってもぽつぽつと話ができるほどの。
 お互いに、もっと親密になったほうがいい、なったらいいなと思うのが分かっているくらいの。
 ナンナも思っているし、ティニーもそうだろうと思う。うまくいかないのはお互いお堅いからで、ナンナにはそれを打ち砕こうという気持はあるのだ。やり方が分からないだけで。
 あの日もティニーは堅かった。か細い身体全体に力を込めて、お得意の胸の前で両手を握ったポーズで、出合頭にナンナに声をかける。
 はい、と答えたように思う。はい、なんですかと。これはナンナがもっと柔らかく受け答えするべきだった。どうしたのティニーとか。フィーに対してだったらきっとそれくらいの柔らかさでお話ができた。
 どうしたの、ティニー。
 考え直しても難しい。たとえ今言われたとしてもそんなフランクに言えるだろうか。言えないんだろうな、そんな気がする、とてもする。お堅い人種というのは大変なのだ。
「ナンナさんにお願いしたいことがあります。我儘だとは重々承知ですしご迷惑でしょうが、ナンナさんに、お茶の淹れ方を教えてほしいのです」
 ティニーもティニーでこの堅さである。もっと柔らかくお願いしてきてれてナンナは構わないのだ。
 ナンナさん、お茶の淹れ方を教えてくれませんか?
 ティニーはフィーにもあんな堅苦しい言い回しでお願いをするのだろうか。そんな気もする。でもこんな言い方がナンナに対してだけなら、悪いのはナンナでもある。ナンナが堅いから。お堅いから。
 柔らかくなるのは大変だ。
「いいですけど、どうしたんですか?」
「……ナンナさんのお茶は美味しいので」
 ティニーはここにきて少し肩の力が抜ける。ふう、と吐く息に合わせて組んだ手の高さが下がる。少しずつ頭が傾いていく。
 そんな力の抜け方をナンナはほほえましく思うのだ。
「ありがとうございます。嬉しいわ。でも私でいいのかしら」
「もちろんです、あの、本当に、ナンナさんの迷惑にならない時でいいんです。すこしでも、美味しいお茶を淹れたくて、わたし……」
 褒められて、それを理由にお願いされて。仲良くなりたいと思う相手に、それがうれしくないことがあろうか。いや、ない。
 二つ返事で承諾して、ナンナとティニーがお茶の特訓を始めたのが二つくらい前の町。
 特訓とはいっても、無駄にお茶を淹れるわけにはいかない。日頃は戦闘で忙しいし、空いた時間はどちらかといえばその準備に当てたい。手入れや訓練や細々した仕事。軍議。仕入れ。あれこれ。たくさんの雑事が溢れて、ようやくお茶を淹れようというとき、例えば恒例になっている女子会もどきのお茶会の時とか。ナンナとティニーが揃っていれば、そのときを利用してお茶の淹れる練習しましょうと。
 そう回数が多いわけではない。しかし教えるべき内容もそう多いわけではない。茶葉の種類。おいしい茶葉の見分け方。適したお湯の温度。蒸らし方。注ぐタイミング。それくらいを伝えて、あとはティニーが習得するだけだ。
 ティニーが頑張る間、ナンナはその監督をしながらティニーとお喋りをする。ティニーはお茶に会話にと初めはいっぱいいっぱいだけれど、だいぶ両立できるようになった。
「私のお茶がおいしいから教えてほしいっていうのは」
 ずっと聞きたかったことを訪ねてみる。お堅さは少しずつ解いていきたいと思う今日この頃、あの頃より仲は進展していると信じている。
「本当かも知れないけど、ちょっと口実もあったりしませんか?」
「口実、ですか?」
 ナンナの問いかけにティニーは首を傾げた。「言い方がとても悪かったわね。それ以外の要因が、私でなくてはいけない理由が、あるように思えたんです」
 あると知って聞いている。ティニーは案の定、それまで滑らかに動いていた手をはたと一瞬止めた。すぐに再開する。
「ご存じで仰ってますよね、ナンナさん。ふふ、ちょっと意地悪ですわ」
 突然出てきたティニーの軽い口調に、ナンナはびっくりしてしまう。柔らかさを持っているのはナンナよりもティニーではないか。
「リーフ様が一番多く飲んでらっしゃるのは、ナンナさんの美味しいお茶だって聞いていましたから。わたし、……喜んでほしいですし、できるだけやっぱり美味しいお茶を飲んでほしいですから」
 あの頃はどうだったか分からないが、今ではリーフとティニーが良い仲だというのは公然の事実である。一体どんな関係になっているのかまでは分からない。
 でも近くから見ていて、いい雰囲気だと思う。リーフもティニーのことを思っているし、ティニーも気遣っている。
 きっとそのこともあって、ナンナに声をかけたのだろうと思っていた。リーフと距離を縮めるため、外堀を埋めたかったのかもしれないし、本当に、ティニーの言う通りリーフの口に合うお茶を淹れられるようになりたかっただけなのかも。
 なぜそれを改めて問いたかったかといえば、リーフの好みが少し王道とはずれているからである。おいしいお茶、はナンナの中でフィンに教わったお茶である。飲みやすく、薫り高く、色よく。しかしリーフは少し癖があるほうが好きだという。あえて渋めのものを出すことが多い。
 だから、尋ねた。
 ティニーはだいぶ上達した、とおもう。正直に言えばナンナはそこまで味覚に敏感ではない。鼻が利くくらいだ。ナンナの嗅覚はティニーの紅茶は問題なくおいしいだろうと示している。きっと今日集まった友人たちもおいしいというだろう。だからこそ、このタイミングだった。
 おいしい紅茶を淹れられればいいのか。
 それとも。
 尋ねておいてよかった。後々ティニーを困惑させることになっただろう。それはナンナの本意ではない。
「――でも、口実で言えば」
 ティニーは大きなお盆にポットとカップを載せた。ナンナはあらかじめ用意していたお茶請けのお盆を持つ。
「それすらも口実かもしれません。わたし、ナンナさんともっと仲良くなれたらいいなって思っていたんです」
 ナンナはびっくりしてティニーを見つけた。相変わらずティニーの体には力が入っている。お盆を持つ手はギュウと白く関節が浮き上がり、背筋は怖いくらいに伸び、肩はカチカチだ。それでも前よりも柔和な微笑みで、フランクな言葉遣い。勇気を出して告白してくれたに違いないと、ナンナは胸の奥が熱くなった。
「私もよ、ティニー」
 それからリーフの好みを伝授するため、ゆっくり口を開いた。