晴れた日はきみと

ヨハルヴァ×フィー


 ダーナに入った時から、フィーはずっと空ばっかり見あげている。
 抜けるように青く、大地に落ちる影の一つもない。シレジアからここまでの道中、殆ど空にいたフィーにとっては晴天は嬉しい。しかし遮るもののない快晴はなんとなく恐ろしさがあるのだ。
 別にいまはしっかりと大地を踏みしめているんだけど、照り付ける日差しの強さとうらはらに、足元から這い上がる何かに怯えて、ぎゅっと腕を抱えた。
「なんだ、寒ぃのか」
 心配そうに声をかけてくれたのはヨハルヴァだ。
「この暑さで寒ぃって良くないぜ、なんか悪ぃモンでも貰ったんじゃないのか」
 一仕事でもこなしてきたのか、首にかけた手巾で額に湧く汗をぬぐっている。まくった袖からのぞく腕にもうっすらと汗、昼下がりの光を反射する。
 腕にまとわりつく手の力が緩んだ、光る汗が眩しくて目を細めた。
「大丈夫。なんでもないの」
 フィーは胸の前で手を振った。冷静になれば暑いのだ、シレジアで育ったフィーにとってはひときわ。
「そうか? たしか天馬騎士だろ、シレジアから来た」
「そうよ、知っててくれたの、ヨハルヴァさん」
 ん、とヨハルヴァは唇を噛んだ。ひょうきんな顔に吹き出しそうになってしまう。
「なんだ、俺のことは知ってるのか」
「知ってるわ、大体同じくらいの時期に解放軍に参入したって聞いているし、ドズル家のヨハルヴァさんのことは知らない人は居ないんじゃないかしら」
「それは言い過ぎだろう、きっと、……、その、あんたの方がみんなから知られてるぜ」
 フィーはゆっくりと首を傾けて笑った。
「わたし、フィーよ。よろしく、ヨハルヴァさん」
「ああ、フィーな。フィー。よく見かけるから、顔、っていうああれだ、見ればわかるんだが……。実際、話すのは初めてだもんな」
 ファーに名前を知られていたのが気恥ずかしいのか、ファーの名前を知らなかったのが気まずいのか。ヨハルヴァは少し顔をゆがめて、それからニカッと歯を見せて笑った。右の手を、ごしごし手巾で拭ってから差し出す。
「すまん、ヨハルヴァだ。よろしくな」
 ええ、と握ったヨハルヴァの肌はフィーに比べて何段も濃い色をしている。タコの多い大きな掌、一本一本太い指。もっと力強く握ってくるのかと思ったが、添えられるくらい。
「……確かに、熱があるわけじゃなさそうだな」
 ぱっとヨハルヴァの顔を見上げると、フィーの勢いに驚きを隠さないヨハルヴァがいる。
 そういえば、そんな話をした。
 安心させようと、元気よく頷いて微笑む。
「ええ、ほんとよ。嘘じゃなくて」
「さっき震えてるように見えてな、なんもないならよかった」
 フィーの一瞬のためらいが握った手を伝ってヨハルヴァに伝わったようで、ヨハルヴァはさっと手を離す。フィーは空いた掌を見つめてから視線を空に向けた。
「天馬は、雲のある空に飛ぶことが多いの。こんなに良く晴れた空は、天馬の影が地面にしっかりと落ちてしまって上空にいる意味がないのよ。シレジアでは抜けるような晴天なんて少ないから、慣れていなくて、何だか逆に、怖いのよね」
 本当はいくつか、もう少し理由があったりする。たとえば父が、兄が家を出た日の天気。たとえば母が死んだ日の天気。ファーが何かを失うときはこんな綺麗な、透き通るような、遮るもののない青空だっていう、馬鹿げた思い込み。
 理由と言うにはどれもこれも馬鹿らしいことだけど、いろいろたくさん重なっているだけで。
 ふうん、とヨハルヴァはうなずいた。
「そういうもんなんだな。俺は兄貴とも違って馬にも乗らないし、当然天馬も知らないから、いろいろ大変なんだなぁ」
「そうよ」
 口元で微笑んで、フィーは肩をすくめた。ヨハルヴァみたいに軽く流されてしまうと、「青空が怖い」なんていう、馬鹿にされそうな考えもなんて事のないように思えてしまう。不思議と気分がよくなった。
「ヨハルヴァさんは? 何か怖いことってあったりするの?」
 調子に乗って尋ねてみると、そうだなぁ、とヨハルヴァは顎に手を当てて顔をしかめる。その顔がおかしくて、少しだけフィーは笑った。