晴れた日はきみと

シャナン×ラクチェ


 ダーナまでくればイード砂漠を抜けたも同然で、昼夜の温度差にもようやく体が慣れてきた。そうなると、この環境下で体を鍛えることがより効果のある訓練なのではとも思えてくる。
 とはいえ一人でやるのも気乗りがせず、珍しくシャナンは誰か探すことにした。ある程度腕の立つものの方がいい、一方的に教えるだけではそう面白くもない。というと、人選は限られてきて。
 ダーナの町、訓練所近くを歩いてみると、人のにぎわう井戸から少し離れたところにラクチェが腰かけているのがみえた。
 剣をそばに、両手で頬杖をついてなんだか覇気のない様子だ。
 少し離れたところから、おい、と二度三度声をかけてみて、ようやくラクチェは我に返ったようだ。上体を起こしてシャナンを見上げる。
 正面に立つと、シャナンの影がすっぽりとラクチェを覆った。一瞬の眩しげな表情から一転、ラクチェは大きな目をくるりと回して口を開く。
「シャナン様」
「どうしたんだ、何か悩み事か」
 ラクチェは軽く首を傾げた。
「いいえ、いいえ。なにも」
「そうか? それにしてはずいぶんと物思いにふけっているようだったが」
 いつも活発に騒がしくしているわけではないだろうが、それでもラクチェは元気に動き回る姿を見かけることが多い。シャナンの知らないところで、こうやって静かにしていたのだろうか。
 ラクチェとスカサハが産声を上げた時からこの方、ずっとそばにいるような気もするが、たしかにラクチェたちが蜂起した時にはそばにいなかったし、合流できたのも最近だ。これまで一緒に過ごした時期に比べればそれはわずかな時間だが、多感な時期だ、シャナンの知らない成長を遂げることもあるのだろう。
「うーん、物思いっていうか考え事をしていました」
「考え事?」
「はい、なんか、……リーンのこととか」
 思いもよらず、覚えの薄い女の名前が出て来てシャナンははてと考え込む。リーン、そんな女は近辺にいたろうか。そうだ、たしか最近解放軍に参加することが決まった少女だ。エルトシャンの嫡子、黒騎士アレスと一緒にいた緑の髪の踊り子だったような気がする。そこまで思い出せばあとは早い。オイフェやセリスから聞いた情報が頭の中でつながりあう。
「リーンか」
 直接話してはいないが、人のよさそうな印象がある。職業柄の快活さ、社交性。貴族の嗜みこそ持たないが、なるほど黒騎士に似合いの相手と話したような気もする。ラクチェとの関わりは分からぬが、何かしらのものがあるのだろう。
 しかし考えることがあるとは。
 何かされたりしたのだろうか、ラクチェが。いやまさか、と思いながらも、何があるか世の中は分かったものではない。
 何を考えている、と水を向けると、ラクチェはシャナンに視線を向けながらもどこか焦点の合わない、遠い目をしている。
「なんてことじゃないんです、あたしの知らない世界だなぁって思って」
「リーンがか?」
「リーンがっていうか」
 ラクチェはふう、とため息をついた。
「イザークのことしか知らなかったじゃないですか、あたし。リーンはすごいなぁって思ったんです。踊り子で、あんなにひらひらさせて、……踊り子の服ってすごいなとか、踊りって、とか、すごいなぁって。だってご両親もいないんですって、一人で、お母さまの面影を追って一人であんなに綺麗な踊りを身につけて。すごいです。あたしとそう変わらない歳なのに。別の世界の話みたい。でも、そんな別の世界の人と、きっとこれからたくさん、一緒にやっていくんだなぁと思うと、なんだかすごいなって思っちゃって」
 ポカンとした。まさかラクチェがそんなことを考えているとは思いもしなかったのだ。
「たしかに、ラクチェはイザークから出ることはなかったからな」
 思えばこれが初めての異国なのだと、シャナンは考えもしなかったのだ。レスターやデルムッドは何度か遠出をしたが、ラクチェやラナはティルナノグを出ることすら少なかったように思う。
 オイフェとシャナンの予定では、蜂起はもう少し慎重に時を選んでいた。もっと遅い時期にする予定だったのだ。戦こそ皆慣れはしているが、それ以外のことは、確かにシャナンたちも支援も配慮も足りなかった。
「はい、だいぶ砂漠もなれましたけど、初めて見たときはびっくりしました」
 それまでは、話でしか聞いたことなかったから、とラクチェ。すこしだけ疲れているようにも見える笑顔は、日々新たな経験を積んでいるからだろうか。幼い時に、身近でラクチェの母が何かと気を使ってくれたのを思い出す。その心遣いに何度も助けられたものだ。
 そうか、と頷きながら、シャナンはラクチェの隣に腰かけた。
「シャナン様?」
「剣の訓練でもと思ったが、最近ラクチェとゆっくり話す時間もなかったと思い直してな」
 え、とラクチェが目を輝かせてそばに置いていた剣を手に取る。訓練、と聞けば勝手に動くのだろう。もちろんラクチェが剣の指南を期待しているのは分かるが、それだけの関係だというわけではない。
「もちろん訓練もしてやる、そう焦るな。いろいろ話をしよう」
 喉の奥で笑いながらラクチェの頭をなでると、日向に長くいたせいだろうか、丸く円を描く頭は暖かい。お話しできるのは嬉しいです、でも訓練、絶対ですよ、とせがむラクチェに、当然だとシャナンはうなずいた。