ぱらぱらと天幕を不規則にたたいていた雨は、いつの間にかまばらになって、もうしばらくしたら無音になった。
パティは少し疑いを抱きつつ天幕から顔を出す。たしかに外には青空が広がっていた。
正確には、雨雲がぽつぽつ残ってはいるけれど、割と青空だ。夜にざあっと振り出してから、雨粒がすごい勢いで天幕を叩いていたから不安だったけれど、少し古めのパティたちの天幕は全く問題なくもってくれたし、結局は夕暮れ前には降りやんでくれた。ざっと見渡した限り、地面はだいぶぬかるんでいそうだけれど、出られないっていうほどではない。
すこし顔を外に出したままパティは黙って考えた。
天幕についた雨粒が風に吹かれてパティの頬や鼻を濡らす。手の甲でグシグシ拭って、ようし、と比較的水に強いブーツに履き替えて外に出ることにした。
まあ、出たって何っていうわけではないけれど。
雨上がりの、なんとなく空気の湿った、なんとなく雨の匂いの残る感じがパティは好きだった。
雨上がりを知った人たちが、ちらほらと外に出てきたり、または濡れて帰ってきた人が空を見上げていたりする。
そんな、慌ただしさとも違う、一難去った後の穏やかさも好きだった。
ぼんやりと宿営地を目的もなく歩いていると、向かいの天幕から見慣れた人影が姿を見せた。
「セリス様!」
「わあ、パティ!」
こんにちは、とぺこりとお辞儀をしてからセリスの側へ駆け寄った。お辞儀なんていう滅多にしないものをしてしまうのは、少しでも良く見られたいからで、恥ずかしいけれどもつまりは見栄の塊だ。
でもぺこり、のあとにちらりと顔を見るとセリスがはにかむように笑っているので、それを見ると何時も胸が弾む。
「セリス様、どうしたの? お出かけ?」
「いや、見回りだよ」
セリスはいつも通り、きちっとした格好だ。昨日からの強い雨で今日は何もない日だと思っていたのだけれど、きっちりと隙のない恰好のセリスをみると、いつもこうなのかそれとも今日は何かお仕事をされていたのか、と思ってしまう。
兄であるファバルは、戦いがないときはだいぶ簡単な格好だ。もう少ししっかりしてよ、ここは孤児院じゃないんだからなんて思うほど。寝癖そのままで、寝起きの顔だって洗ってないんじゃないのと訝しくなっちゃう。
セリスは違う。乱れることのない青い髪。皺こそあれど、清潔感のある軍服。泥の染みが付いていたって、それはとてもすてきだ。雨よけにもなる白いマントには、やっぱり雨の跡。
「お仕事なの? じゃあ雨がやんでよかったですね」
セリスは目を細めてにっこり笑う。
「パティは? 何か用事?」
「ううん、あたしは何も。なんとなくね、雨上がりって、あたし好きなんです。見て回ってたの」
そう、とセリスはパティの頬に触れた。親密げなしぐさにドキッとしてしまう。もしかしたら泥をつけていたんだろうか、だとしたら恥ずかしい。それとも何もなしに触ってくれたの? そんな、まさか!
「じゃあ一緒だね。一緒に回るかい?」
「セリス様は何を見て回ってるの?」
あたしは雨上がりを見てるだけなんだけど、というパティの問いかけに、セリスは声を上げて笑った。笑いが手を伝ってパティまで届くような気すらする。だってパティも笑顔だ。
「雨が降ったから、その後の見回り。例えば天幕に雨漏りないかとか、宿営地の場所は間違ってなかったかとか」
答えながらセリスは手を離す。頬に残った熱が逆に寂しくて、パティはセリスの腕に手を回した。
「それってセリス様のお仕事なの?」
「きっとね。でもやっておいて損はないし、いろいろ知りたいんだ」
「ふうん」
セリスが歩き出すのと一緒に、パティも一緒に歩く。歩幅は狭くてゆっくりで、パティに合わせてくれるんだなあって感じて、絡ませた手に力が入った。
「場所が間違ってなかったかって、どういうこと?」
「すぐぬかるんで沼地になっちゃわないかとか、水はけはどうかとか」
「ふうん、天幕張るのにも、いろいろ考えてるんだねぇ!」
本当は難しいだろうことを、パティにもわかるように簡単に言い換えてセリスは教えてくれる。仕事熱心で、優しくて。ものしりで。優しい。パティに、こんなに、優しくしてくれて。
むず痒いような、痛いような。言葉に会わらせない気持ちでいっぱいになって、セリスの顔を見上げると、温かな微笑みが帰ってきた。