雨上がりをあなたと

レスター×ユリア


 ユリアがふと足を止めたのはちょうど中庭に差し掛かった時だ。半歩後ろを歩いていたレスターが隣に並び立ってどうしたのとユリアを見下ろす。
「いえ……」
 続いている雨に、解放軍はこの古城に足止めを余儀なくされている。なかなか乾かない洗濯物にラナがため息をつき、たまる鬱憤を兄で晴らそうとするラクチェの騒ぎが日常になってきた。
 ユリアはこれといって何も感じない。雨だ。昨日も雨、今日も雨。それだけのような気がしている。たしかに外に出られないのは少し退屈かも知れないけれど、ユリアは体が丈夫ではないし、外に出たからと言って何をするではない。
 洗濯物がたまっていくのは、確かに大変だ。洗ってもなかなか乾かない。でもそれだけだ。それを騒ぐだけのなにかがユリアにはない。
 ラナはユリアを穏やかでいいという。「私もユリアみたいになりたいわ」と。
 ユリアはそうは思わない。
 きっと自分には感情がないのだろうと思う。揺り動かされるものがないのだ。何も感じていないのだ。降り続く雨にも、濡れる大地にも、たまる洗濯物にも。
 何も感じないのはいいことかもしれないけれど、ユリアには、眩しいばかりに感情を発露させるラナやラクチェたちが羨ましいと思うのだ。だから一緒にいるのかもしれない。
 今日はラナもラクチェも特段仕事がないと断られてしまった。
 することを探すユリアに仕事をくれたのはレスターだ。雑用で悪いけどと、食料の運搬を一緒に行うことになった。
 レスターが持つのはジャガイモの袋で、ユリアが持つのは塩の袋だ。遠慮なしに降り注ぐ雨に、庇の少ない倉庫から運び出すのに袋が少し濡れてしまった。中まで濡れていないのかと不安になったけれど、レスターは大丈夫という。
「重たいものを持たせてごめん」
「大丈夫です、それよりも配慮をしていただいて、申し訳ありません」
「配慮なんかじゃないよ、むしろ……無理させて」
 本来はもっと重たいものを運ぶ予定だったが、ユリアの細腕にレスターが軽めのものを見繕ってくれたのだ。それでも十分塩の袋はユリアには重たい。
 中庭の付近で足を止めたのは袋が少しずれてしまったからでもある。レスターはユリアの手元を優しく見つめた。
「大丈夫?」
「はい」
 ユリアはユリアの体重ほどもありそうなジャガイモ袋を軽々持ち上げるレスターの逞しい腕を一度見つめ、反動をつけて持ち上げ直して、庭に視線を移した。先ほどまで降っていたはずの雨がすっかりとあがっている。
「ん、止んだね」
「そうですね……あっ」
 正面から風が吹き込んできた。ユリアはのけぞりながらよけようとしたが、飛ばされた水滴が頬を濡らす。声にならない悲鳴で、ユリアは後ろへバランスを崩した。
 よろめいて、レスターにぶつかる。
「おっ」
「っ、ご、ごめんなさい」
 大丈夫、とレスターは笑った。
「軽いくらい」
 塩の袋があるのにですか、と聞こうとして、馬鹿なことをと思い出して口をつぐんだ。頬の水滴が気になって、顔を振ってみるけれどもどうにもならない。横髪が数本張り付いてしまった。
 袋をおそろうかと逡巡していると、どうぞ、とレスター。
「?」
「下に置くと袋が濡れてしまったら困るだろう? それに、床に置いた重たい荷物を持ち上げるのは大変だよ。上において」
 長い脚を屈めて、自分の抱える荷物の上に置いていいと。曲げた膝を、濡れる廊下にしっかりとつけて。見下ろすレスターの温かな瞳が無性に眩しくて、ユリアは言葉に表せない胸の詰まりを感じていた。