雨上がりをあなたと

ファバル×ティニー


 何日か降り続いた雨はある夜を境に嘘みたいに晴れた。じめじめとした空気は残っているけれど、それでも起き抜けに目に入った空は白んだばかりの青空で、吹く風が少し冷たいのがまた寝起きの頭には気持ちいい。
 ファバルは寝癖の残る髪を手櫛ですきながら、あくびをかみ殺して食堂に向かった。朝食にはまだ早いけれど、だいぶ朝が早くなってきた頃合いだ、きっと誰かいるだろう。
 別段ファバルが早起きというわけではなく、ここ最近雨続きで体を動かす機会もないから暇だったのだ。
 あとはなんとなく、予感があったのかもしれない。晴れる日の予感というか。
 長く続いた雨の中で弓の練習はなんだしと、体を鍛えるくらいでまともな運動も特にしていないから、内心何をしようかとワクワクもしている。やることが多いほうが一日は楽しい。そうは見えないとよく言われるけれど、見えないからって感じてないわけじゃない。あんまり表に出ないだけで、あと面倒くさくて表に出さないだけで、思うところはたくさんあるのだ。
 さて何をしよう。
 弓の練習。引き方、命中率の向上にいい練習があるとレスターから聞いて、それが途中だったから一通りこなす。あとは食事の足しに狩りでもしよう、なによりも実地が一番役に立つ。この間は兎を数羽狩ったけれど、この辺りはもう少し大物はいないだろうか。できれば狩りごたえのある動物がいい。
 そういえば雨の間、荷物の整理をしていていらない紐やパティに渡そうと思っていたリボンも出てきたのだった。正直いつのものか分からないが、たしか単独遠出をした時の土産品だった気がする。
 妹が欲しがるものがよく分からないので、とりあえず喜びそうなリボンをいつも買うことにしていた。パティは髪が長いし、気に入らなければ誰かに渡せばいいとおもう。なんならパティの話術で言葉巧みに物々交換の材料にすればいいのだ。
 しかし買ったはいいが渡さないことも多く、それが結構たまっていたのだ。今更渡すなんてずぼらだと言われてしまうだろうが、自分が持っていても仕方がない。気がついたのが吉日、早いうちに渡してしまわねば。
 そうやってぼんやりと考えながら角を曲がると、見覚えのある後ろ姿が見えた。いつもは二つに括っているはずの銀髪が、今日はなぜか、パティのように三つ編みである。
「めずらしいな」
 声をかけると弾けるように振り返る、驚いた瞳と目が合った。
「ファバルさん! 随分朝がお早いんですね」
「ティニーも早いんだな。どしたんだ、朝飯の当番か」
「いえ、昨日早く寝てしまったので……」
 ティニーは少し恥ずかしそうに自分の頬を撫でた。シーツの跡でもついているのかと、撫でた頬をじっと目で追ってしまう。
「そんなに見ないで」
 滑らかな頬を朱に染めてティニーはファバルの腕をそっと押す。その力があまりにか弱くて、少しファバルは笑みが漏れた。
「どこいくんだ」
「厨房へ。お手伝いできればと」
「ふうん、そうか」
「ファバルさんは」
「食堂。何かあるかと思ってな」
 まあ、とティニーがくすくす笑う。一緒に向かうことにした。話の流れでいつの間にかファバルも厨房を手伝うことになったけれど、手伝えばつまみ食いの一つや二つ許されるからそれはそれで良い。
 そういえばとファバルは頭の後ろで手を組んだ。
「なんで今日はその髪型なんだ」
 ティニーは、あ、と言いながら首の後ろをまっすぐに流れる三つ編みに手をやる。
「今日は、というか、昨日からなんです」
「ふぅん?」
「昨日、パティと髪型の交換っこをしたんです」
「こうかんっこ?」
 はい、と元気に頷くと、いつもは横で揺れる髪がないのが少しだけ寂しく感じてしまう。
「私がパティの髪型で、パティが私の髪型で、って。お互いに、結び合ったんです」
「ふうん」
「こんな髪型にしたの初めてなので、ちょっと恥ずかしいんですが。……似合いますか?」
 ティニーは三つ編みを肩から前に垂らして、貴族のようにスカートを持ち上げてにっこりと微笑む。ファバルは少し目を逸らして、おう、と答えた。
「ふふ」
 はっきりしない言葉にも関わらずティニーがうれしそうな笑い声を漏らすのを、やはり直視できずにファバルは横眼で眺めていた。
 ふと気が付く。胸元に垂れる三つ編みの先は、いつもの赤いリボンではなく見慣れない紐だ。
「……リボンはどうしたんだ?」
「リボンですか?」
 ティニーはきょとんとした顔で自分の髪先を見下ろす。
「ああ、ええと、私のはいま、パティが」
 ティニーはパティのを使わなかったという。似合う良いのが見つからなかったのだと。
「そうか、ああ」
 ファバルは意味もなく赤面していく自分に気が付く。大したことを言おうとしている訳ではない、と何度も自分に言い聞かせるけれど、どうにも誘おうとするときには照れてしまうし、褒めたいときに素直に褒められないのだ。
「はい」
 しかしティニーは慣れたもので、なんでしょうか、と言わんばかりに大きな目でこちらをじっと見る。こんなにもまっすぐに見つめられて、真っ直ぐ見返すことができるだろうか。
 部屋に、リボンがあるからやるよ。いや、良いのがあるか探すか。それとも、見に来るか。好きなのをなんでもやるよ、それとも。
「……晴れたし、なにか、買い行くか?」
 ティニーはとろけるような笑顔を浮かべた。