雨上がりをあなたと

デルムッド×ラクチェ


「ねえ、まだ終わらないの」
 と何度聞いたか分からないけれど、聞きたいものは聞きたいのだ。早く終われば時間もできるでしょう、そうすればデルムッドがあたしに使う時間が増えるじゃない!
 その主張は一蹴されて終わり。
「俺はまだ仕事が残ってるから、邪魔するなら出ていく、ここにいるなら静かにする、はいどうぞ」
 どうぞ、というのは選べ、ということで。
 出ていきたくなんかない。いくらデルムッドが、書類仕事で本やら紙やらペンやらインク壺やらとにらめっこばかり、まったくラクチェに構ってくれなくたって。
 連続で降り続く雨のせいでラクチェはもうすることなくって。今日も剣の練習終わってしまったから、食事の支度が始まるまではぽっかり空いた時間。少しでもデルムッドと一緒にいたいと思うのは、まあ、当然でしょう。
「はぁい」
 ラクチェは片手を上げて小さな声で返事をした。小さなころから「誓いの返事」をするときのポーズだ。
 それでもまあ、不本意でございますのよ。
 一緒にいたいから静かにするけれど、本当は書類仕事をしているデルムッドを見ているよりもデルムッドとお話してほしい、構ってほしい。できることなら剣の手合わせしてほしい。
 ラクチェはじっとしているのは性に合わなかったし、自分が動いていない時でもせめて動いてる人を見る方が好きだった。だから体を動かして訓練していなくても、訓練する誰かを見るのが好きで。
 だから書類仕事に精を出すデルムッドを見るのは、本当は好きじゃない。できれば剣の訓練をするデルムッドとか、馬の世話をするデルムッドとか、馬に乗るデルムッドが好きなのだ。
 でもデルムッドはデルムッドだ。
 ラクチェには分からない、どこかの言葉の文字をああでもないこうでもないとこねくり回しながら、ちょっとだけ楽しそうな顔をみせたりするデルムッドも見ていて素敵だな、と思うのだ。
 惚れた弱みということだろうか。
 動きの少ないデルムッドを眺めているだけで、物寂しさはあるけれど、ぼんやり時間をつぶすのもデルムッドがいるならそこまで悪くはない。
 雨は、少し弱くなったけれどまだ降っているみたい。重たい色の空が部屋の中を暗くしていて、それでもデルムッドは明かりはいらないと薄暗いままにしている。
 この薄暗さの中でよく平気ね、と机に向かうデルムッドの顔を眺める。金糸のようなデルムッドの細い髪も長めの睫毛も今は少し煤煙って見える。
 この姿も素敵だけど、やっぱり、明るくて高い午後の光に照らされて輝くデルムッドの髪が好きで、あの日に焼けた肌が好きだ。
 突然窓の外が明るくなって、ラクチェの望みを叶えるように光がデルムッドに差し込んだ。
 金の髪に柔らかく陽が当たる。
「わお」
 小さく驚きの声を上げると、デルムッドも顔を上た。重たい雲の隙間から太陽がのぞいている。
「雨、上がったねぇ」
「そうだな」
 いつの間にか上がった雨が、ガラスを通して一層雨上がりの光を眩しく反射させる。眩しさにデルムッドは少し目を細め、ゆっくりとラクチェの方に顔を向けた。
「……もう少ししたらキリがいいから、ちょっと待てる?」
 柔和な笑みのデルムッドの問いかけに、ラクチェはもちろん、とハキハキと答えた。