今日中には止むよ、と言われた雨がほんとうに夕方には上がって、ナンナはひたすら仰天した。
だってあんなに降り続いた雨だ。だってあんなに、朝には激しく降っていた雨だ。
止めばいいと思いはしたけれど、止むだろうとは思っていなかった。いつ止むのかな、と思ったことはあっても、もう止むな、と思うことはない。
天気なんて見通せないものではないのか。そろそろ降りそうだ、ならまだしも、いつ止むか、なんて。
「なんであなた、わかったの?」
だからわざわざアーサーを探してしまった。夕食前、炊事の煙がゆらゆらと湿度の高い日暮れの空に伸びている。雲が多いけれど夕空も見えだしている。雨が上がったことで外に出る兵士が増えてきて、少しだけ騒がしさが夕風にのる。
アーサーは火の入っていない暖炉の前で荷物を広げていた。大きめの布の上に小さなナイフ、魔道書、剣の柄、手紙の束、何かの種、布袋、枯草、などなど。ゴミのように見えるものもあるけれど、アーサーは大切そうにそれらを扱っている。アーサーにとっては何かしらの意味があるものなんだろうと、一度傾げた首をナンナは起こした。
逆に首を傾げるのはアーサーである。
「なんのこと? 今日の夕飯?」
「そんな話をいつしたっていうの?」
「俺が覚えてないけどしたかもしれないだろ。ちなみに夕飯の話はフィーとした、今日は芋のスープとパンだって」
それはいつものメニューで、わざわざ聞くようなことでもないし当てたからと言って何一つ驚かない。メニューを知らないナンナだって予言はできる。それくらい毎日同じなのだ、違う方が驚けるというもので。
からかうアーサーにナンナは少しだけへそを曲げた。
「ふざけないで、もう、私あなたのことを見直したっていうのに」
「ナンナが? 俺を? それは嬉しいけど、ほんとに、何の話だろう」
アーサーが首をかしげるのを、ナンナは少しだけ不思議な気持ちになった。てっきりからかっていると思ったのに。ナンナはあんなにも驚いたというのに、アーサーにとっては天気を言い当てるのは大したことではないのだろうか。
「雨よ。止むって言ったじゃない」
「うん、止んだろ。なんだ、そのことなの」
「なんだじゃないわよ。わたし、びっくりしたんですから」
そんなに驚く事かなあ、とアーサーは耳をこする。こすりながら、あっという間に荷物をまとめてしまった。
「まあ、ナンナが俺を見直してくれたっていうのはいいことだけど、ところで俺、見直されなきゃいけないひどいことしたっけ?」
「んもう、そんなの只の言葉のアヤよ!」
マイナスになっていたものを見直したというよりも、プラスだったものをさらに見直して加点、という感じではあるがそんなことはどうでもいい。
アーサーに言うべきでもないと思う。そういうのはナンナ一人で抱えるものだ。
「ところでこれは知ってる? 雨が上がった夜って、星がきれいに見えるんだって」
まとめた荷物を胸元にしまい込み、アーサーは立ち上がってナンナの手首を二本の指でそっとつまんだ。手も握れない恥ずかしがり屋の行動に、すこしだけ曲がったへそが正面を向く。ナンナは小さく吹き出した。
「知らないけど、それがあなたの誘い文句だっていうのは、今知ったわ!」