お買い物ですか、と尋ねるユリアの瞳がいやに輝いているので少し話をしてみると、わたし一度も行ったことがないんです、と少し頬を染めてユリアは答えてくれた。ワンピースの長い裾をかすかに揺らし、両手を何度も組み直しながら。
なぜ頬を染めるのか、スカサハには分からない。
なんと答えればいいものかもよくわからなくなって、そうなんだ、と口にする。
「はい、そうなんです。……お恥ずかしいですが」
なるほど恥ずかしがっての赤らみなのか。
ユリアが自分の顎にも届かない顔を微かにあげて、にこやかな表情を浮かべるのを正面切って見つめ返せなくて、スカサハはごまかすように咳ばらいをした。
「ええと」
言葉巧みに話せない自分の不器用さが恨めしい、誰かに話し方講座でも開いてほしいくらいだ。誰がいいだろう。レスター、デルムッド、セリス様、オイフェ様――オイフェ様は確かに言葉巧みに会話ができるけれど鼓舞の方向だ。ちょっと違う。いや知りたいことは知りたい。それよりも、今は。ラナ、ラクチェ……そうだ、ヨハン。
ヨハンならこんな状況でも構わずに切り抜けられるのだろう。なんか詩的なことを言いながら。わからないけど。
わからないけれどわかることもある、自分が今すごく混乱している事と、ユリアが純粋な表情で自分を見上げていることで。
「――一緒に行く?」
思わず出した言葉は正解だったようだ。
輝く瞳をスカサハからそらさず、ユリアは細く長い髪を揺らして大きく一度頷いた。
買い物、というよりも仕入れだ。宿営地から少し離れた街に、食料や日常品や細々としたものの仕入れを頼む。出立までには揃えて届けてもらう。
だから今日は前金は少し。使い慣れた長剣をつけ慣れないマントで隠して、慣れない馬に乗って。
馬に乗れるかと尋ねると、ユリアは当然の顔で首を振った。そうだろうとスカサハは頷く。
得意ではないが、スカサハは馬に乗れる。二人乗りで長距離を行くのは少しだけ不安があるが、駆け足でなくても余裕で往復できる距離である。駆け足で颯爽と向かわねばならない理由もない。
天気もいい。少しだけ多い雲が足早に高い空を流れている。風がどことなく冷たくて、火照った頬にちょうどいい。
うん、ユリアと二人で馬に乗って、街へ向かう、絶好の日和ではないか。
そう思ったことが間違いだった。
宿営地を発って間もなく、ポツリと馬の鬣を濡らした雨はあっという間に本降りになった。
「あっ」
どちらからともなく声が出る。なぜだか、ユリアの高くてか細い声なのか自分の低く野太い声なのか、区別がつかなかった。
さきほどまで穏やかに会話をしていたからだろうか。何を話していたのか忘れたが、心地の良い楽しい会話をしていたはずだった。
降り出した雨で、すべて消え去ってしまった。
なぜだろう、出発の前は晴れていたのに。
スカサハは漏れそうになる悪態を奥歯でかみ殺して、前に座らせたユリアにゴメンという。
「ちょっとつかまってて、すこし、走らせる」
片手でユリアを抱いて片手で手綱を持って、視界を遮る雨の中颯爽とどこかにある雨宿りのできる場所を探すのは、さすがにスカサハは無理だった。
今までのんびりと歩かせていた時にはそれくらいできたけど。せめて晴れていたら、できたかもしれないけれど。
雨では。
「は、はい。大丈夫です!」
ユリアは少しだけ表情を硬くして、馬の首とスカサハとを悩んでスカサハの背中に手を回した。スカサハの鼻先をユリアの髪の毛がくすぐる。
ぎゅうと抱き付かれて、一瞬胸が詰まった。
「だ、大丈夫?」
「はい」
ユリアは決して離すまいとスカサハの背中に力を込める。
暖かいがか細い腕だ。スカサハの半分もないだろう、スカサハの胸に顔を押し付けるユリアを、背に回る腕を不安にさせまいと、スカサハは必死に両手の手綱に意識を集中させた。