昼間に降り出した雨は全くやむ気配がなく、ざあざあと音を立てて居留する城の壁を叩く。
夕食の準備が始まって部屋中にいい匂いが漂ってきてももこんな具合なので、パティは思わず盛大な溜息を吐いてしまった。
「なんだ、随分大きな溜息だな」
談話室中に聞こえていたんだろうか。話しかけられて、一瞬部屋が静まり返ったような気もするけれど今はすでに元通りだ。唯一、レスターが近寄ってきた以外は。
親しげな表情でパティの肩に手を置いて、そのままするりと正面のソファに腰かける。
そしてびっくりするパティになんか構いもせず、さっきまでパティがしていたみたいに窓の外をのぞいて。
「まだまだ降ってるなぁ」
まるで他人事だ。まさに、まさに今。パティが溜息をついた理由がそれだってわかっていないみたい。
「そうよ、雨。雨雨雨。まさかこんなに降り続くと思ってなかったわ!」
ひとしきり呻くと、お行儀の悪いことにソファの上で抱えた膝に、パティは小さな顔をうずめた。
「ははは、そうだな。降り出すまではだいぶ良く晴れていたのに。あっという間に降ってきて、案外長いからな。でもまあ地元の人たちの言うには、この季節には割とあることみたいだよ」
レスターは楽しそうに窓の桟を手の甲で叩いた。コツコツと関節の当たる音が小気味良い。
「レスターは平気なの、雨」
「うーん、最近日照り続きって言っていたから、それは喜ばしいことだろうなぁと思うよ。でも今夜の外出は予定を変更しなきゃだろう」
だからパティを探してきたんだ、とさらり、と言ってのけるレスターが、パティには正直どう受け止めればいいのかわからない。
外出って。いや、外出だけれど。
「そうね、今夜は無理だね」
自分でも不細工な声が出てしまう。取り繕う気もないけれど、態度が悪いなぁと他人事のように聞こえた。
なんだ、なんてさっきは言ったけれど、きちんとそのあたりは分かってるんだね。そこには安心した。でもレスターにとっては、ため息をつくほどの予定変更でもなければ、そもそもただ単に外出だなんて。
どれだけ夜の外出を申し込むのに、パティが緊張したかなんてわかっていない。それは本当に残念だ。
レスターは少し困ったように、どことなく妹をなだめるように優しい声音でパティをなだめる。
そういうんじゃ、ないんだ。
「今夜が無理でも明日があるだろ」
「お祭りは今日で終わりだもの」
突き出した唇が収まらない。
レスターは本当に、知らなかったんだ。今夜のこと。今日で終わってしまう、地元のお祭りのこと。
正しくは一昨日から続いている、この地方に伝わるお祭りなんだけれど。
「今夜はね、特別なお祭りだったの! お祭りの一番最後の日で盛り上がる時で、一番大きな篝火がたかれて……」
続きを促されて、パティは首を振った。もう何も言うことはない。これで終わりになったんらから。
「なんだよ、それで終わり?」
「終わり。今夜でお祭りは終わりだし、雨が降って篝火がなくても今夜で終わり」
そして解放軍は雨でも止んだらまた次の町に進むんだ、そうやってこの国を旅しながら戦ってる。知っているけれど、知っているからこそ、ちょっとしたこの偶然がすごく運命的だったのに。
「お祭りならほかのとこでも行けるさ」
「そうだけど……」
そうだけどそうじゃないんだ。
パティはまたじっとりとした視線を窓に向ける。叩きつける雨粒が憎い。こんな予定じゃなかったのだ。
尖らせた唇が戻らないパティの頭を、仕方なさそうにレスターは優しく撫でた。大きな掌がくすぐったい。
「そんなに行きたかったんだな」
「……そう」
単なる豊穣祭だけではないのがこの地方の特徴なのだと教わったのだ。恵みを感謝するだけでなく、縁も紡がれる。簡単に言えば縁結びで、最後の夜の篝火では神に結ばれる力を持つのだと。
「……そうね、行きたかったな」
それがいけなくなるのは、なんとなく、カミサマに否定されてしまったような気分にもなる。
運命的なめぐりあわせだと思ったのに。
レスターは変わらずにパティの頭をゆっくりと撫でる。低く優しい声がここちいい。
「まあ、祭りは残念だったけど……祭りじゃなくても、行こうよ、また別の町で」
「……うん」
その声に混じる優しさが、妹分の従妹に向けるものでなければいいのにと、パティは目を閉じた。