雨はばちばちと激しい音を立てて窓を叩く。
重たい雲はあっという間に空を覆い隠し、夕暮れ時のはずなのにまるで夜かと思うほどに暗がりが広がっている。
ファバルは明かりもつけずに雨粒がつぶれる窓を眺めていた。このまま寝てしまおうかとも思う。
急に降り出した激しい雨に、ファバルはすることがない。消耗品や弓の手入れでもすればいいのだろうが、なんとなくそんな気分にならない。ぼんやりとしたい気分だった。
アレスやレスターだったらこんな時に酒に手を出すのだろうが、あまりファバルは酒が得意ではなかった。弱いのだ。一杯も飲み切らずに酔いが回ってしまう。仲間たちといる時にはチビチビやって誤魔化すのだが、一人だと、気が緩むのかすぐにつぶれてしまう。
一人で飲むには楽しくなかった。
することもなく、かといって夕飯の時間にも早く寝るにも空腹が気になってしまう。
意味もなく窓を見つめていると、ドアがかすかな軋みとともに開いた。
「――おどろいた、誰もいないと思っていたわ」
片手に燭台、片手に裁縫道具を持って、肩で扉を押して入ってきたのはラナだった。きょとんとした顔がすぐに笑みに変わる。
「あ、ああ」
しばらく暗かった部屋にいたからか、ラナの持って来た灯りがすごく明るくて眩しい。直視できなくて、ファバルは目を逸らしながら顎を掻いた。
ラナは手際よくファバル周辺の燭台に明かりをともし、正面に座った。
「ここ、いい?」
聞く前に座っているにもかかわらず、見上げるようにラナは首を傾げる。分かってやっているに違いないと、少し視線をそらしてファバルはうなずいた。
ラナはもう一度花咲くように笑むと、机の上に置いた裁縫道具をてきぱきと広げる。始めたのは繕い仕事のようだ、古びた手巾の穴をかがっている。
明かりがあるとはいえ薄暗がりの中で、よく手元が狂わずにできるものだと、今度の視線はラナの手元になんとなく向かう。
相変わらず聞こえるのは窓を叩く激しい雨の音で、例えば布のこすれる音やラナの息遣いも聞こえない。もくもくと手元だけが動いている。
細かい手の動きは見ていて飽きない。不思議とずっと見ていられた。ラナが針を動かし、ときに引っ張るたびに部屋に灯る明かりに指先の小さな針がきらきらと光る。閃いては布に戻る。布からまた薄闇の中を光が踊る。
まるでこの薄闇を縫っているようだ。
降り続く雨とガラス窓、柔らかな闇と明かり、そしてラナとファバル。
「――そんなに見られていたら恥ずかしいわ」
はっと現実に引き戻された。
ついていた頬杖を外し、意味もなく背筋を正す。
「そんなに見てたか?」
ちらりとラナはこちらに一度視線を寄越し、それからまたすぐに手元に落とす。気が付かれていたのにも気が付かなかったし、そもそもそんなに見つめていたのだろか。ぼんやりと見入ってしまっていて、自信がない。
「見て……なかった?」
少しだけ困った口調でラナが唇を尖らせる。
「自信がなくなってきちゃった」
「いや、……」
ファバルは再び顎を掻いて、頭の後ろで手を組んだ。
「雨、すごいな」
「ほんとうに」
誤魔化しはわざとらしすぎるが、ラナは喉元で笑いながら頷いてくれる。そのくぐもった笑いがまた心地よくて、ファバルはラナに引き寄せられる視線をガラス窓にしっかりとむけた。