雨の日にあなたと

フィン×アルテナ


 重たい色の雲が空にかかった時、アルテナはフィンとともに周囲の見回りに出ていた。
 宿営地は城から距離がある。見晴らしはいいが城の尖塔は霞にかかっているようにも見える。いかな神の力を持つ魔道書を使っても、城から宿営地まで攻撃は届かないだろう。
 特段斥候というほど緊迫した見回りではなく、散歩も兼ねた気軽なものだ。周囲を見て眺めるだけなので全体的に軽装である。
 この辺りは田畑がぽつぽつと見える。周囲の農家が作っているものだろう、麦か何か、穂が実りづく前の少し青さの残った畑だ。
 アルテナは高台から、風に揺れる青い穂を眺めていた。そういえば風も急に冷たさを帯びた。そろそろ雨が降るのだろうと、なびく髪をおさえる。フィンは少しだけ離れたところへ馬を走らせている、戻ってきたら宿営地に戻ろう。
 アルテナは徒歩だ。飛竜はトラキア以外では珍しいし、たかが見回りに竜を使うのは賢明ではない。飛竜も天馬も、帝国軍の持っていない兵種はそれだけで切り札だ。普段からひけらかしたくはない。
 しかし見回りに徒歩もいかがなものかと、本来ならば馬にでも乗りたかったのだが長年の染みついた竜の匂いは取れるものではなく、馬に嫌がられてしまった。同行のフィンの愛馬も少し嫌がるそぶりを見せているのだが、それは乗り手の腕がいいようであからさまに警戒したりしない。フィンと一緒なら背にものせてくれる。
 それでも長距離になると機嫌が悪くなるみたいで、今フィンは愛馬の機嫌取りに遠くへ行っている。
 蹄の音は聞こえてこないかと耳をすますと、草の揺れる音とともに聞こえたのは硬い靴底が土を踏む音である。
 警戒し振り向くと単身フィンが低い枝をかき分けていた。長いマントを片腕に絡めて、けもの道を通り抜けてきたようだ。
「あら……馬はどうしたの?」
 アルテナは肩の力を抜く。敵兵かと思い全身に走った緊張を解くと、どっと疲れが押し寄せる気もする。安堵したと同時に、風の冷たさが肌を差した。自然、腕を抱く。
「少し離れたところに。だいぶ落ち着いてきましたので、そろそろ戻りましょうか」
 フィンはマント留めからマントを外してアルテナの肩にかけた。
「冷えますね」
 アルテナは謝意をつたえて素直にマントを受け取った。
 宿営地を出た当初は晴天が広がっていたからその発想もなかった。そもそも飛竜の上ではマントはむしろ邪魔なのでアルテナにはマントを身に纏う習慣が薄いのだった。
 フィンのマントはアルテナをすっぽりと包み込んだ。厚手で、かすかフィンの熱と染みついた馬の匂いが残っている。
「ありがとう、フィン、あなたは寒くないかしら」
「ええ、ですが急がないと降り出しますね」
「そうね」
 頷いた側からぽつりと来た、大粒の滴がフィンのマントに染みを作る。フィンとアルテナは慌てて馬の方へと向かった。