クルクル回る

 


 きゃあきゃあとにぎやかな笑い声が聞こえてきて、おもわず天幕から顔を出しました。
 リーンやフィー、それに顔は知っているけれども名前がまだはっきりとしない少女たち。笑い合って、何やら叫ぶように言葉を交わし、クルクルと踊るようにはしゃぎまわって。
 騒ぎの中心はオイフェ様です。普段のしかつめらしいお顔ではなくて、まるでティルナノグにいたときのような表情。困惑でも、迷惑でもなく。呆れでもない。なんて言い表せばいいのでしょう。
 ティルナノグの時には、明らかにわたしたちがそういうお顔をさせていたのですけれども。今となっては、何だか。年下の少女たちに翻弄されているオイフェ様が、可愛らしいというか。
 思わず笑みがこぼれてしまいそうで。
 考えていることがオイフェ様に知られたら、間違いなく怒られてしまうのでしょうね。
 本当のお年よりも十も上に見えてしまうようなオイフェ様が、本当はシャナン様と変わりがないんだって、教えてくれるようなお顔。もしかしたらもっと若く見えてしまうのかもしれないわ、なんて。
 思えども、状況はよくわかりません。
 いつもはオイフェ様の周りにはセリス様やレヴィン様、せいぜいがデルムッドとか、軍の幹部なんて呼ばれるような人たちがいるはずなのに。珍しい光景。歳若の少女たちに囲まれている、しかも笑顔の、だなんて。
 分からずに、思わず首をかしげてしまいました。
「祭りだって」
 突き出した頭の上の方から、答えが降ってきました。顔をぐっと引き上げると、涼しい顔のデルムッド。

 何か仕事をしていたのでしょうか、手巾でほおを拭って「大きなカタツムリだな、ラナ」なんて笑いかけてくるのです。首だけ出したわたしを笑っているのでしょう。
「いいでしょう、居住が大きくて快適よーーおまつり?」
 そんな時期なのでしょうか。わかりません。
 わたしが知っているお祭りはティルナノグのもの、一番大きいのが収穫の終わる時期のもの、あとは豊作を祈るこじんまりとしたお祭りばかりで、今のような中途半端な時期にお祭りをする風習がこの地域にはあるのでしょうか。
 砂漠を抜けて、少し下った場所。トラキア半島の出入り口とでもいうのでしょうか。まだ少し乾いた空気も感じられる草原地帯は、巨大で立派な城は少ない地方、こじんまりとした拠点が点在していました。
 帝国に、無残に押しつぶされそうな。
 主要な城への進軍はこれからですが、帝国軍の踏み台となっていた小さな街々の解放は終わり。
 体を休めつつ、疲れを癒しつつ。次なる戦いへの準備を整えるための、宿営。まだ大きな叩きあいが待ち受けているとはいえ、解放軍は少しだけ羽を伸ばせる空気が確かにありました。
 でも、だからって。お祭りだからって、そんな。オイフェ様が囲まれるようなことが。
「なんでも地域解放の祝いだって」
「そうなの? 基幹のお城はまだだって聞いていたけど……」
 デルムッドも軽く肩をすくめた。
「詳しい事情は俺にもわからないよ、フィーが早馬で知らせてきた。いや、早天馬?」
「それでオイフェ様を囲んでいるの?」
「みたいだね、是非とも来てくれって誘われたらしい。解放軍のおかげだからって、大したもてなしはできないけどって」
「出席交渉っていうこと?」
 デルムッドは軽く頷きました。「前にも似たようなことがあったけど、直接誘われたのが初めてだからかなりはしゃいでる、まああの様子だと行くことになったんだろ」
 本当は、まだ帝国軍の勢力がどれだけ残っているかもわからない状況、罠かも判断が難しい。安易にそう言った集まりに解放軍の主要な戦力が参加するのは控えたほうがいいんだけどね、随分ありがたがられたみたいだよ、余りの興奮ぶりだったからあれはオイフェ様も折れるだろうな、とデルムッドは自分の解説に頷きながらも、少しうれしそうに見えます。
 何だか、わたし。にっこりとしてしまいました。
「詳しいのね」
 なにを、とは言わず。
「直接聞いたからね」
 デルムッドは平然と肩をすくめて答えました。あまりに当たり前に答えるもので、だれに、とも追及しないことにします。
「そう、詳しいわね」
 もう一度だけ繰り返して微笑み返すと、デルムッドは少しだけ舌を出してわたしの視線を掃うように手を振りました。

 

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