ひとしきり踊ったあと、リーンはあっという間に周囲を巻き込みました。もう誰が主役でも客でもない乱雑で賑やかな踊り合う集団。楽器もいつの間にか増えて、あとは皆がいろいろ歌いだして、手拍子足拍子。地域の人たちも、解放軍のみんなも。
この辺りに伝わる歌曲なのでしょうか、ティルナノグの、イザーク調の楽曲に慣れたわたしの耳には、知ってる言葉のはずなのにまったく聞き取れないように思えて。
それでも所々でわかる歌詞は、揶揄だったり恋の歌だったり。みんなで向かい合って楽しそうに踊っています。
「みんな楽しそうだな」
「ええ、本当に」
よかったわ、とお兄さまと顔を見合わせました。
罠ではなくてよかった、単なる宴でよかった、みんなが喜んでくれていてよかった。
わたしは、解放した町に赴くことはそう多くなく、その町の人たちがどう思っているのか、解放軍や帝国にどんな気持ちでいるのか、知る機会はこれまでありませんでしたから。なおさら。
苦しい思いをしてでも、戦いを続けていてよかった。解放軍として立ち上がって、よかった、と。
赤々と燃える火の粉が舞い上がるなかを、町の人たちが楽しそうにクルクルと踊るー―そんな素晴らしい光景をいつまでも留めておきたいと、胸の奥底を厚くしながら、思うのでした。
「ねーえ!」
そんな感慨を明るく散らすように、後ろから抱き付いてきたのはリーンでした。すらりとわたしの肩に伸びる白い腕は、さっきまでの踊りのせいでしょう、うっすらと汗が炎の光を反射しています。
肌に宝石を載せているみたいです。それすらもきれい、動くたびにキラキラと。
「リーン! おつかれ、良い踊りだったね」
「ありがとうレスター、ねえ二人とも踊りましょうよ!」
微かに弾む息もそこそこに、篝火から飛びだしたように無邪気に、リーンは首を傾けて目を輝かせました。その後ろに、影のようにのっそりと、腕を組んでいつもの顔つきのままのアレスが近づきます。
「でもあんなに踊っていたじゃない、疲れたんじゃない? 大丈夫?」
どこか座れるところでも、と探そうとするわたしの頬を湿った指がツンとつつきます。爪の先を鮮やかに染め抜いた、一寸の隙もないリーンの踊り子の衣装。
「まさか! まだまだ踊り足りないくらいよ、それに――」
リーンはわたしの肩から腕を下ろしました。「こういうときでもないと、アレスってば一切踊ろうとしないんだもの!」
「今だって踊らない」
すかさず、渋い声が飛び込んできました。低い声なのに、喧騒にも負けずに真っ直ぐに耳をくすぐる声です。
「踊るわよ、あたしはレスターといくの、まさかラナをひとりで放っておくわけじゃないでしょう」
笑いながらリーンは腰に手を当てて、ベェ、と大きく舌を出しました。まあ、とわたしとお兄さまが驚くのもそこそこに、リーンはお兄さまの腕を取っています。
「いや、俺も特に踊れないんだけど、リーン」
「大丈夫、ダンスなんてね、手を繋いでクルクル回るだけでいいの!」
そういうや否や、困ったお兄さまのことなんて無視して楽しそうに笑いながら、手を繋いでクルクルとリーンは回りだしました。
「ねえ、いいでしょう、レスター!」
二人で向き合って、小さな円を描きながら回るだけの、ささやかでかわいらしいダンス。それでも、リーンが踊ると何とも様になって、わたわたと追い付こうとするお兄さますら素敵な踊り手に見えてくるのです。
楽しそうに。
これを知られたらきっとラクチェは盛大に妬くんでしょうね、リーンにも、お兄さまにも。
頭の中で幼馴染の反応を思い描きながら、残されたわたしとアレスは、ゆっくりと顔を見合わせました。
アレスは一度、口を開いて。
唇が、顎が、喉仏が、篝火に浮き出されながらゆっくりと動いて、また元に戻ります。
何を言い淀んでいるのでしょう。それをいつか、もっと親しく、聞きだしてみたいような、ずっと秘密にしておいてほしいような。
「アレス、ねえ、じゃあ」
手を出してみると、困ったようにアレスは一度眉を寄せてわたしの手を見て。
わたしの目を見て。
「……ああ」
緩慢な動きとは裏腹に、重なるアレスの手のひらは熱く力強くわたしの手を握ります。
右手。そして、左手。
リーンとお兄さまほどではないけれど、地域の人たちのようにもいかないけれど。
リズムを刻むわけでもなく、音楽に乗るわけでもなく。ただ、ゆっくり、クルクル回るだけ。
気恥ずかしくて、照れくさくて。それでも胸が熱くなるようで、温かくて、嬉しくて。
手を繋ぎ、回るアレスの表情は、少しずつ光に照らされて影の形も踊るようです。なんだかにこやかで優しく見える、美しいまなざし。
「ねえアレス、もしかして今少し笑った?」
「笑ってない」
「あら、そうだったの」
声に出さず、微かにアレスが微笑んだように思えたのですけれども。
幻想かも知れません、私の勝手な思い込み。アレスが楽しんでくれていたらいいな、だなんて。この瞬間を、ひと時を、満喫してくれていたら、幸せに、わたしが感じるように思っていてくれたら、なんて。
「わたしはすごく楽しいわ!」
軽く跳ねると、アレスの顔が少しだけ近づきます。ぎゅ、と握る手のひらに力が伝わって。
「楽しくないとは、言ってない」
ああ、なんで低い声なのに、アレスの声はまっすぐに伝わるのでしょう!
笑う誰かの声も、喧騒に混ざる音楽も、聞こえなくなったみたいに。わたしはそれ以上何も言えずに、ただにっこり、顔じゅうで、体中で笑顔を作るように。
楽しくて、嬉しくて、この人と気が合ってよかったと、アレスに伝わればいいと思いながら、クルクルと回るのでした。
おわり
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