リーンの踊り。お酒。音楽。ファバルが席に戻ってきて、スカサハと案外仲がいいのね、意外だわ。黒パンと豆り。お酒。楽しく会話をして。しゃら、とリーンの鈴の音がすきだわ。お酒。リーンの舞布が乏しい光の中でキラキラとうつくしくて。
それから。
それから?
……。
規則正しい揺れに、ぼんやりとわたしは目を開けました。寝ていたのね。さっきまで、リーンの踊りを見ていたはずなのに。
タットン、タットン、タットンと下から突き上げるような、それでも優しい揺れ。背中が暖かくて、とても安心できるの。なんでしょう。
ぼんやりとした意識と視界のなかで、わたしはどうにか顔を動かすと。
「起きたのか」
アレスの声。
頭の上からだわ。ああ、アレスなのね、この暖かさ。
「ええ……」
頷こうとすると、少し頭が重たくて、うまく動きません。あきらめて、あくびを一つ。手で口を隠そうとすると、アレスの腕がぐるりと私の体に巻き付いていました。
だから暖かいのかしら。前も、後ろも。アレスに包まれて。
「わたし、寝ていたのね」
「ああ」
タットン、タットン、という揺れは、行きも乗ったあの馬でしょう。栗毛の。葦毛だったかしら。それとも鹿毛? すこしおぼろげなのは、もう辺りは暗闇、夜闇。真っ暗だからです。ほんの少しの距離の、たずの、ゆっくり歩く馬のたてがみすらわかりません。
デルムッドみたいに、馬に詳しければ、もっとわかるんでしょうけれど。
今は、わたしの腰を抱く、アレスの腕の色もわからないもの。触ってみても、そうね、色なんかわからないわ。何度も洗った感触の、布だけ。それを通して、アレスの、腕の筋肉。ふふ。
「なんだ」
「なにが?」
「……いや、なんでもない」
とてもゆっくり、アレスが馬を歩かせてくれるのがわかります。手綱を持っているのかもわからないくらい。馬も眠いのかしら、なんて。寝ていたなんて。わたし。そんなにお酒弱くなったのかしら。
「いつから寝ていたの?」
「ラナか」
「うん……」
目をつぶるとまだ、胸の奥に残るまどろみにとらわれてしまいそうで。それでも、重たい瞼に従えば、背中から伝わるアレスの体温が心地よくて。
夜風は寒いです。熱を帯びたわたしの頬を撫でさする。
「どこまで覚えているんだ」
「わからないわ」
時系列があやふや。リーンが踊ったのは覚えています。お酒を、何杯目かしら、飲んで、そう、四杯は確実に飲み終わったあとに、豆以外の食べ物がほしいとファバルにお願いしたこと。
「干し肉を食べたわ」
「そのあとにスカサハがつぶれて、帰る話をしていたら寝ていた」
だとしたら、スカサハよりは強いということが、嘘じゃないってわかってもらえたのかしら。いえ、お酒が強いなんて、こんな寝てしまった今では、嘘になりますけれど。
「初めて」
「……」
「お酒で、こんな……」
失態をこれ以上さらしてないといいわ。これ以上の失態があるかも、わたしには、わからないんですけれど。だって、そんな。恥ずかしいもの。ねだって連れて行ってもらった場所なのに。はしゃぎすぎて、酔ってしまって、寝てしまうなんて。
「構わない」
「……優しいのね」
目をつぶって、ゆっくり、背中のアレスに体を預けて。タットン、タットン。規則正しいゆっくりとした馬の歩み。
歩み。歩き方。
なんていうんでしたっけ。昔、デルムッドに教えてもらった気がするの。
「にんじん……」
「なんだ?」
「馬の、これ。歩くの」
アレスはわたしを支える腕に力を込めて。
「かけあしのことか?」
そうかもしれません、でももういいわ。
わたしは背中一面にアレスの熱を受け止めて。ゆっくり、息をはきます。長い息。まだ、お酒の匂いの残る、熱を帯びた長い息。
「ふふ、お酒臭い」
「ああ」
アレスの声、嫌がっているようには聞こえないわ。よかった。
「今日、ありがとうね、アレス。わたし……」
「気にするな」
「とても楽しかったわ」
タットン、タットン。規則正しさの所為かしら。暖かさの所為? それとも、安心できるからなのかも。まどろみと、心地よさ。だんだんと、また、眠りの波がおしよせて。
「ああ、そうだな」
本当、ならよかったわ。でも何も言えない。ごめんね。
さて。朝です。
お酒の量はそんなに多くなかったのかしら。吐く息は朝からお酒の香りが漂ってきますけれど、体調はこれといって不良はなく。
問題は、さて。昨日の夜よりも、今朝のほうが、沢山のことを覚えているっていうことでしょうか。
いやね。恥ずかしいわ。忘れられる質ならよかったのに、なんて思ってしまうのは、もちろん気恥ずかしさが一番です。
とりあえず支度を整えて。顔を洗ってお水を飲んで。リーンに昨日の感想を告げに行きましょう。とても素敵だったわって、快活さとあどけなさの入り混じる素敵な踊りだったわって。それから、一人で行ってごめんねってラクチェに謝って。でもお兄さまからはしばらく逃げたいんですけれど。
それから。
アレスに会って、昨日のこと。少し話したいわ。迷惑をかけてごめんね、でも、あなたと一緒に過ごせてよかったわって。
ふうう、と長く息を吐きます。昨日と同じ、でもお酒の熱はもうなくて、微かな香りだけ。恥ずかしさとともに吐き出してしまって、かわりに吸い込むのは昨日の楽しさ。満足感。
わたし。胸いっぱいに吸い込んで。ぐん、と天に向かって伸びをするのでした。