ゴホ、と咳き込むと、大丈夫、と優しい声と共に背中をゆっくりと撫でてくれる手がある。布越しの手を感じる余裕もなく咳き込み続け、大丈夫です、とようやく答えられるようになった時には自分でもわかるほどに涙目になってしまっている。
実際は大丈夫ではない。体の節々はだるいし手足は重い。喉は痛いのに咳は出る。頭もすっきりしないし視界もかすむ――これは咳き込みすぎたせいかもしれない。
べたつく肌におろした髪の毛が張り付いて気持ちが悪い。
「ティニー、少し休んだほうがいいよ」
背中を撫でてくれた手が優しさを保ったまま肩に触れる。うん、と答えたものの、この温もりがあるのに寝てしまうのなんて少しだけ惜しい気もする。
ゆっくりと頭を傾けて、傍にずっといてくれるスカサハにぼんやり視線を移した。
ティニーに熱があることに気が付いたのはスカサハだった。ティニーはいつもの不調だと思っていた。体がさほど強くないティニーは、いつも季節の変わり目には体を壊す。いつもはなんとなく気怠くなる程度だったのだが、やけに今回は長引くと思っていた頃だった。外のほうが涼しいからと、少しだけみんなと離れて中庭で風を受けていた。
ティニー、と心配そうに近づいてくるスカサハに、いつものように挨拶する元気もなく。ほら、熱っぽい、と額にスカサハの手が添えられた。男性からそんなに親しげに触られることがめったになかったティニーにとっては、むしろスカサハの行動のほうが熱が上がってしまう気がする。
大丈夫です、とスカサハの大きな体から身を放そうとして、少しバランスを崩す。腰かけていた長椅子に倒れこんでしまって、慌ててスカサハの逞しい腕がティニーの体を起こしてくれた。
「季節の変わり目ですから」
「いや、それは風邪だよ。みんな心配しているよ。休んだほうがいい」
そうしてティニーが部屋に連れられ、気が付いたときには眠りから覚めた後だった。いつの間にか寝間着に着替えているし、髪はほどかれていた。
何度目かに目が覚めたときに、薬湯だよとスカサハが体を起こしてくれた。腫れた喉をどうにか通る冷えた薬湯は、本当は苦いはずなのに不思議と味を感じない。
飲んではむせ、むせが咳になる。スカサハの掌はまだ肩に置かれて、温かさと共にずっしりと重みも感じるものの、その重みすらも心地よく感じてくる。
スカサハは深い紫の瞳をまっすぐにティニーに向けてくれている。真剣なまなざしの中に、心配そうな表情がうかがえる。少し薄くて右にひきつったスカサハの唇が何度か開き、閉じ、開き、閉じる。
もの言いたげなスカサハの様子が楽しくて、ティニーは少しだけ頬が緩んだ。何を言おうとしてるんですか。問いかけたい気もするが、口を動かすのは怠く何よりも喉が痛い。
瞬きをしようとすると、不意に瞼の重さに気が付く。
無理を言って寝台の上で体を起こしているのもそろそろ限界なのかもしれない。
「ほら、そろそろ休もう、ティニー」
きっとスカサハの言いたいことはそんなことではないのだろう。でも優しい掌が、またティニーの体を支えながらゆっくりと褥に横たわらせてくれる。
再び目を開けたときにスカサハがここにいてくれればいい。そう思いながら、ティニーは再び眠りについた。