寝転んで瞼を開ければくたびれた天井が見える。見飽きた天井だ、ダーナ領の片隅にあるリーンにあてがわれた部屋に戦の爪痕は見られないけれど、充満する空気は土煙と血と埃、リーンの知らない戦いの匂いだった。
明日にはここから出て行くのだと思うと、嬉しいような怖いような思いが溢れる。
いいこともたくさんあった、けれどもちろん辛い日々だった。下卑た男たちの視線に晒されるのはリーンの本意ではない。リーンはただ母の面影を探して体を動かし、そして踊りが好きなだけだ。
それでも踊りを通しかけがえのない友と知り合い、かけがえのない人と出会った。
口に出せぬ目にもあった。
窮地を助けてくれたのはアレスだった、端正な顔を歪めて助けてくれた輝く剣先をリーンは何度も繰り返し思い出していた。
そして差し出されたアレスの、剣だこのある手のひらを。
天井に向かいリーンは腕を伸ばす。
すでに薄く暮れがかる部屋の中に差し込む光は乏しい。砂漠の町にあっても白く透き通るリーンの手のひらは薄闇の中ぼんやりと浮かび上がるように視界を遮った。
アレスの手のひらと違い、小さくて力のない、弱々しい手のひらだ。
差し出されたアレスの手がリーンの手のひらを掴んだ時の安心感は、これまでに味わったことがないものだった。暖かくて力強く、リーンの手のひら全部を包み込んでくれた。床にへたり込んだリーンをアレスの広い胸の中に引き込んでくれた。あたたかい抱擁がリーンをつらい事実から引き離してくれたのだとわかった。ここが安らげる場所なのだと、繋いだ手のひらが、リーンの背に回ったアレスの腕が教えてくれた。
アレスの側が。
リーンはぎゅうと手のひらを握りしめた。
小さな手のひらだが、アレスに守られた手のひらだが、この手でいつかアレスを守っってあげたい。リーンが感じたように、アレスもリーンの側が安らぎだと感じてくれる日が来るように。