「ほら」
差し出される腕に恥じらうことなく、身を委ねるのにもずいぶん慣れてしまいました。ありがとう、と感謝の言葉を口にして、わたしの腰に回るアレスの腕にそっと手を添えて、高い黒馬の背から降ろしてもらいます。
乗る時ならいざ知らず、馬の背から降りるのは、乗る時ほど難易度は高くないものです。脚をどうしようかは悩みの種ですが、それさえクリアしてしまえば自然に従えばいいんですもの、ずり落ちようがなんだろうが勝手に足は地面に向かいます。
それでもそんな格好悪い姿をアレスは良しとしないでいてくれて、わたしが醜態を晒すことなど一度もなく。
とても快適に。毎度毎度、アレスの愛馬から降ろしてもらうのでした。
さすが騎士、アレスは鍛えているものです。解放軍の中で小柄とはいえ、わたしだってそこそこの重さがあるはずなのに、そんなものを感じさせないくらいにサラリと降ろしてくださって。
「ありがとう」
地面に足がつくともう一度。
「ああ」
アレスはさりげなくわたしのスカートの裾まで気にしてくれてーー流石にこれは気恥ずかしくもあるので、手を出される前にわたしが直しますけれども。アレスが気にしてくださるのは視線でわかります。乙女としては下半身に視線を向けられるのは、いくらなんでもなんだか恥ずかしいことです。
最近はお兄さまはラクチェの用事に付き合うことが多く、セリス様は相変わらずの軍議。デルムッドは何かといつも忙しく、わたしが所用を足す時に、ついついアレスに頼ってしまうことが多くなりました。
アレスが断らないのをいいことに、以前、いいよと言ってくれたことをずっと頼りにして。
どうせ暇だ、とアレスは言ってくれますけれど、ミストルティンを持つ聖戦士の末裔が、そんなに暇になるだなんて本当は思えず。
なにかと、便宜を図ってくれるのだと。わたしのささやかで傲慢なわがままをきいてくれるのだと。思えば思うほどに、不遜ですけれど、嬉しさがこみ上げて。
もちろんわたしなりに、アレスに迷惑がかからないかあれこれと考えた頻度ではありますけれど、声をかけさせてもらっているのです。
アレスが嫌がっていなければいいと、いつも思いながら。わたしにとっては、救護のお仕事とアレスと一緒に居られるというひと時をもとめて。
ーーさて。
「この辺りは足場が悪い、掴まれ」
町の人に教えてもらった薬草の群生地はこの辺りのはずですが、何かと岩の混じる地。ざっと周囲を見渡したアレスが、手を差し伸べてくれて。
手。
掴まれ、というか、それは。
空を向いたアレスの大きな手のひら。甲よりも白く、タコのある厚い皮膚の、アレスの大きな手のひら。
掴まるというよりも、手を繋ぐ、というものではないかしら。そう思うと、照れてしまって。
一度胸元に寄せたわたしの手は、水仕事で荒れて、くたびれてて。まさかのことに少し汗ばんでしまって。
「どうした」
「ーーいいえ、なんでも」
ありがとう、とこの地について3度目。
この短時間で何度口にするんだ、と言いたげに楽しそうに光るアレスの眼差しをくぐり抜けて、わたし、思い切って手を重ねました。
2018/09/17
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