手遊び/セリス×ティニー


 ティニーは絵を描くんだってね、と曇りなき微笑みを浮かべる青空の瞳がティニーを捉えた。射すくめられたように硬直し、ティニーはうまく口が回らずどもって下を向いてしまう。
 言いたいことは沢山あるはずなのに、次から次へ溢れる言葉が細い喉で詰まってしまうのだ。
 結局ティニーには軽快で機知に富んだ会話なんてできるはずがない。
 単語にもならない言葉をどもりながら口走って、不思議そうな顔で首を傾げられて終わりだ。
 いつもそうだった。どんなに憧れた相手でも、どんなに嫌われたくない相手でもうまく話すことができない。しっかりしろと自分を叱咤するほどに詰まった喉は重みを増す。
「ティニー?」
 俯いて、つむじを見せたティニーの頭上から、微笑みのこもった声が降り注いだ。優しい声だ、包み込むような。暖かさのある声。ほっとする、癒される、声。
「大丈夫、落ち着いて。僕を見て」
「ーーセリス様」
 大きく深呼吸をして、ゆっくりと顔を上げた。少し屈んでくれたのか、いつもよりも近いセリスの顔が飛び込んでくる。聡明な青い瞳を茶目っ気たっぷりに片方つぶって、少し声を抑えていたずらっ子のように囁く。
「うん、ごめんね。いきなり僕がティニーの秘密をバラしちゃうから驚いたよね」
 そんな、秘密なんて大層なものではない。隠していたわけではない。ひけらかすようなものでもないが、単なる手すさびに過ぎないのだ。絵を描くだなんて。
 薄暗い趣味ではないか。口にするのが憚られるなような、恥ずべきものだ。フリージの異端児にはおあつらえ向きだ。
 セリスのように軽やかにお話をしたいと思うのに、ティニーにはいつも追いつかない。詰まった喉をそのままに、何をいえばいいのか、じっと黙ってセリスを見つめた。
「ふふ、でもねえ、秘密を知ったからには僕に見せて欲しいんだよねえ。おっと、ダメダメ。そんな目をしたって噂の出所は教えて上げないよ、僕が怒られちゃうからね」
 そんな目、がどんな目かわからない。きっと失礼な顔をしてしまったに違いない。慌てて顔を隠そうと手をかざすと、素早くセリスがその手を掴んだ。
 手首から手のひら、そして指先へと、セリスの指が登ってくる。
 優しく指が絡まる。大切なものを扱うように肌をなぞる。美しさがあるが、十分に太く、立派な男の人の指だった。
「指切りげんまん? いいね、そうしようか。約束だね。お出かけしよう。晴れた日の朝、少し遅く起きて草原に行くんだ。いいだろう。ラナに行ってお弁当を持たせてもらおうよ、その日は陽が暮れるまで帰らない、ティニーに僕の絵を描いてもらってーー僕は絵心なんてないけれど、ティニーの絵を描いて見てもいいかもしれない」
 これは冗談だろうか。哀れで惨めな女をからかっているのだろうか。セリスがまさかそんな非道を、という思いと、まさかセリスがティニーに誘いを、という思いと。
 セリスは困惑するティニーが分かったのだろう。ゆっくりと絡めた指を外す。
 寒いわけでもないのに温もりが消えることが寂しくて、ティニーは握った指に唇を当てる。
 その仕草を真摯な眼差しでセリスは追いかける。そして真面目な声で、少し震えて、本気を伝えた。
「ねえ、ティニー。どうか僕と一緒にお出かけしてくれるかい」
 ティニーはゆっくりと首を動かした。


2018/09/18