美しい歌/吟遊詩人


 パティはお買い物が得意だ。お買い物が得意って何なんだって感じもするけれど、たとえばちょっとしたお買い物をご自慢の駆け足でひゅんと済ませてきちゃったり、おっきなお買い物をするときなんかは店主の親父さんとワイワイはしゃぎつつ上げや下ろせやのお話で見事に初めのお話からガツンとお値段を下げてお会計、なんてことだってできちゃったりする。
 それをね、パティは普通のことだと思っていたけれど。ありがとう、たすかるよって、パティに頼んでよかったって、言ってくれることが多くて。盗賊なんてあんまりお人には言えないコトを長くやってきたっていうコトもあるからかもしれないけど、すごくそんなことが嬉しくて。何かと頼まれごとをしてはお買い物をすることが多くなってる。
 今日もそんな日。
 シャナン様が取りまとめていた部隊の備品がちょっと足りないなってお話になって。別に今じゃなくてもいいんだけど、いつか階に行かなければ、なんてぼやいていたから。
「じゃああたし行くよ!」
 今は暇だし。少しでもお役に立ちたいし。
 いや、あとでいい。パティはせっかくの休みの日だろう、そんな日に働く必要はない。なんて、優しいシャナン様は止めてくださったんだけど。
 当のパティが、行きたくて仕方がない。
 もともと体を動かすのは大好きだし、詳しく聞いてみれば本当に大した量じゃないお買い物だし、そして何よりもシャナン様のお役に立ちたいし。
 やっぱりね、他の誰に言われる「ありがとう」よりも、シャナン様から言ってもらえる「ありがとう」って、重みが違う。「ありがとう」って言ってくれて、しかも頭なんて撫でてもらったら、胸がキュンって苦しくなって、触られた頭から中心に体中に熱がブワァって広がる感覚。興奮。高揚。今なら何でもできるぞって、パティは無敵だぞって、世界中に叫びだしたいような、でももったいなくて全部飲み込んでしまいたいような、そんな気持ちになるんだ。
 恥ずかしくて、シャナン様の顔も見れないくらい、でもシャナン様に抱き付きたくなるくらい。嬉しくなるんだ。
 だから今日もヒュンっと町の小さな通りを駆け抜けて、あれを幾つ、とお任せあれお買い物を済ませて帰ってくる。そんな途中。
 買ったものは腰に巻き付けたバッグの中。大切に大切に小さくまるめて入れて、広場を駆け抜けようとして。
 あれっ。
 行きとは違う。行きは、こんなに広場に人がいなかった。本当に小さな広場で、向かいの壁に小さな湧水の噴水があって、そこでよくおかみさんたちが集まって世間話をしている広場。
 そこに、ちょっとびっくりしちゃうほどの人混みができてた。
 よく見てみれば、解放軍の見知った顔もちらほらいなくはないけれど、大抵はこの町の人たち。人垣としゃべり声で、中心の様子がよくわからなくて。
 お使いの途中に寄り道しちゃうの、どうかなぁって思いはするけれど。宿営地を抜け出した手前、これは寄り道じゃなくて立派な情報収集なのよって言い聞かせて人ごみをかき分け騒ぎの中心を覗いてみたら。

「なんていうんだろう、えっと、弾き語りの人? 旅人みたいでね、こう、竪琴みたいな楽器もって、腰かけて、ひきながら歌ってたの!」
 戻ってすぐにパティは早口でシャナンに駆けよった。それから慌ててお使い物を渡す。はいこれ、シャナン様確認してね。これとこれで、今回お金はこのくらいだったよ。明朗会計の鏡である。差し出された品物をシャナンはきちんと確認し、言われた通りの金額をパティの掌に落とした。
 ぎゅう、と掌を日切り締めて、パティはまた口を開く。
 広場にね、人混みがね。
 目をキラキラと輝かせ、興奮したパティの言葉は少しとりとめがなくて、シャナンはつなぎ合わせるのに必死だったけれど。
「吟遊詩人か」
「ぎんゆーしじん? そういうひとなんだ! そう、そのひとがきてたの。でね、広場でね、リーンが一緒に踊るっていうの」
 ようやくお金をサイフに戻し、パティは顔の横で大げさに両手を組む。クルクルと回りながら楽しそうに笑う。
「そうか」
「んもー、シャナン様テンションひくーい! そうか、じゃなくてもっということないんですか」
 シャナンの胸に人差し指をぴしりと突きつけて、パティはわざとらしく唇を突き出す。それでもほおが緩んでいるのは、よほど友人のリーンが踊るのが楽しみなようで。
「買い物、助かった、ありがとうパティ。それで、リーンが踊るんだろう、行ったらどうだ」
「シャナン様のばかぁ! ちがうでしょ、そこはせめても『パティ、買い物してくれたお礼に一緒に見に行くか』とか優しくエスコートしてくれるとこー!」
 途中妙に低い声になったのはもしや物まねでもされたのだろうか、とシャナンは怪訝な顔になる。まさか自分は普段あんな言い方をしているとでも? いやそれはパティの物まねが下手なせいか、そもそも物まねではないのだ。きっと。
 パティは言いたいことを言いきって満足したのか、興奮冷めやらぬ顔、まだ頬は赤く駆けて戻ってきた名残の上がった息も完全には落ち着かぬというのに、シャナンにじゃれ付くように両腕を絡める。
 悪く思っていないがゆえに、この少女の無防備さにいったいどう反応したらいいのかシャナンは分からなくなることが多くて。
「ねえね、シャナン様!」
 それでも悪く思っていないから、上目づかいでおねだりしてくるパティがかわいらしくて仕方がなくて、シャナンの腕に絡めた手はそのままで、器用にピョンなんてジャンプしちゃって、跳ねる金髪の三つ編みも、ちょっとだけ近づく不揃いの歯も、エネルギッシュなその明るさに負けたよって、口元を緩めた。
「わかった、行くか」
「んもう、行くか、だけじゃなくてもっと!」
 口ではそうねだるが、体は外へと向かうパティの、少し素直でないところもかわいらしく。
「吟遊詩人だろう。急がないとさっさとお開きになるぞ」
「えっ、嘘、そういう謎なシステムあるの!? わぁ、じゃあ早くいきましょシャナン様!」
 緩み切った頬がばれてしまわぬように手で隠しながら、シャナンは一人で駆けだそうとするパティの腕をからめとって。
「シャナン様?」
 怪訝そうに尋ねてくる瞳に「一緒に、行くんだろう」と問えば、天まで飛んでいきそうな高さで、ピョンとパティは一度跳ねた。