多少の賑わいが残る午睡の頃に談話室を覗くと、見知った面々が珍しくも声を潜めて談笑していた。
普段は声の大きい連中だから、きっと談話室で眠りにつく他者を慮ってのことだろう。と考えれば、気遣いのできるようによく育ったものだと子育てに費やした年月が報われる気もする。
もっとも、自分の子供ではない。
おい、と声をかけると一番早く反応したのはラクチェだった。座っていたソファから跳ね上がるように立ち上がり、隣に腰掛けていたラナが余波でゆっくりと傾く。
「シャナン様!」
ラクチェの、聞くだけでわかる喜びに満ちた声に残りの連中も立ち上がり、礼をした。
「シャナン様、どうしたんですか。こんなとこに来るなんて珍しいですね」
軽口を叩くのはスカサハだ。同じイザークの出だからだろうか、ほかの幼馴染達と違ってラクチェとスカサハは格段にシャナンを慕ってくれていた。スカサハやレスター、デルムッドやラナはオイフェに懐いている。
もっとも、オイフェやエーディンとそう仕向けようと努力した結果でもあるのだが。
「いや、ちょっとな。久々にこんなものを手に入れたので」
近くにいたレスターに油紙の包みを渡した。レスターは皆が囲んでいる机の中心でそれを開く。わあ、と歓声をあげたのは女性陣だった。
「珍しいですね、シャナン様が甘味だなんて」
「ああ、エーディンから荷物が届いてな。届けてくれた者がくれたのだが、皆で食べなさい」
ちょっとした揚げ菓子だった。パンに似た堅い食べ物で、揚げて砂糖をまぶしてある。この地域の子供向けの菓子だと配達人が話題の一つでシャナンに渡してくれた。
ティルナノグの様子は変わりがないようで、エーディンも健在だと。それを口にするとラナの声が少し湿っぽくなる。里から離れてしばらくの時が立っている、里心がつくころなのかもしれない。ラナの細い肩を優しく抱くのはスカサハだ。
「よかったです」
感極まる妹の代わりにレスターが答えた。
「皆それぞれに手紙も入っていた、読むといい」
「はい、ありがとうございます」
手紙の束はデルムッドに渡す。手際よく各人に渡され、皆さっそく読み始めるが、唯一ラクチェだけが渡された手紙をぎゅっと握りしめ、机の上の干果実をじっと見つめている。
どうしたのかと見守っていると、覚悟を決めた表情で顔を上げた。父親譲りの透き通る瞳がまっすぐにシャナンを見上げる。
「シャナン様は召し上がらないのですか?」
「ああ、大丈夫だ。お前たちで食べろ」
もともとラナとラクチェにと思って持ってきたものだ。そこまでシャナンは甘いものが好きというわけではない。疲れたときに摘む程度だ。
「でもその方、シャナン様にって渡されたんでしょう」
「……?」
ラクチェの真意がわからず、首を傾げた。「……何でもないです」
「そうか」
それならばいい、と頷くものの、ラクチェはまだ不審そうな顔で菓子を見ている。
「ラクチェがすきそうだと思って持ってきたが、……違ったか」
「いいえ、違いません。きっと好きです」
「ならよかった、口に合うといい。配達人の親戚がこの菓子の店を開いているようで、まあ、有り体に言って宣伝だな」
よかったら一度くらいは行ってみてくれ、と言わないのは、似たような店が多くあるからだ。似たような行為も何度も受けたが、さすがに解放軍としてどこか一つを優遇するわけにはいかないと公言している。
しかし菓子を受け取った時にふとラクチェの顔が思い浮かんでしまったもので、こうして届けに来てしまっている。
ラクチェが一人でなくてよかったと思ってしまうのは、ラクチェに余計な疑念を抱かせたくなかったからだが、余計な考慮だったらしい。結局はラクチェが不審がってしまった。
言い訳を口にしたのはわれながら情けないが、要は気にせずに食べろと言いたいだけだ。ラクチェの喜ぶ顔が見たかっただけなのだ。
「わかりました、いただきます」
「ああ」
理由はともあれラクチェが頷いたのでよしとする。しばらく見守ろうかとも思ったが、いち早く手紙を読み終えたレスターが何かを思い出したのか、そういえばシャナン様、と声をかけるので共に席を立った。
「シャナン様」
談話室を出る間際、ラクチェがもう一度呼び止めた。
「なんだ」
「あの……ありがとうございました、とてもうれしいです」
今回は笑顔がのぞいていた。よかた、と内心胸をなでおろす。ああ、と頷いて、わずかに緩む頬を引き締めレスターと共に部屋を出た。
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