いつか咲く花


 そよそよとなびく木陰に頭だけを突っ込んで、肩から下は明るいお日様の下。暑くないのかな、なんていう格好で横になる双子の片割れの横に、ラクチェはどさりと腰を下ろした。
「どうした?」
 片目だけ上げてスカサハは声をかけてくる。
「別に」
 寝ていると思っていたわけではないけれど、やはり気が付かれていたのね。少し驚かせたくてわざと乱暴に腰を掛けたのに、その結果がこれだなんて。何だか悔しくて、膝を抱えて少し唇を尖らすと、軽い笑い声がスカサハののどを鳴らす。
 初夏の日差しは暑いけれど、たしかに日陰は涼しくて、どんなにそよいでもしっかりと顔を隠している兄貴は、まあ、理に適っているのよね、なんて。
 木陰は広いから、少し奥に腰かけて膝を抱えてしまえば案外小柄なラクチェの体は影にすっぽりと浮かぶ。強い風が吹くと、少し涼しさを覚えるくらい。
「最近、パティと仲がいいじゃない」
「ああ」
「やめないの?」
「何を?」
「不毛じゃない」
「そうかな」
 スカサハは眠たそうに一度あくびをするけれど、ラクチェはこの片割れがこんなだだっ広いところでうたたねをするところなんて見たことがない。どうせパフォーマンスだ。
 全く進展のない会話で、ラクチェとしてはイライラしてしまう。言葉の応酬なんて好きじゃないし、はっきり割り切るほうが好きだ。
 スカサハは穏やかな方が好きらしいから、あいまいなことも好きなんだろうけど、ラクチェはどうにも許せない。
 もっとはっきり、くっきり、わかりやすくするべきだと思うの。
「……だって、パティはシャナン様が好きなんでしょ」
「うん、そうだよ」
「なんでパティのこと好きなスカサハが、それを応援してるのよ」
「うーん」
 スカサハは唸り声に似た声を出して伸びをする。
「まあ、好きだからだよ」
「意味ないじゃない」
「そうかな」
 ラクチェの怒りのこもった声に、スカサハは一切反応することなく受け流して終わりだ。本当にいらいらする。
 スカサハがパティと仲良くするのを反対しているわけではない。むしろもっと仲良くなったっていいと思う。
 なぜ、今の状態、シャナンのことが好きなパティの恋路を応援できるのかが理解できないだけだ。
 シャナンに恋人がいることは周知の事実だし、まあおそらくその仲が壊れることなんて滅多なことがあったってなくったって、ない、ないはずだ。そう言えるのはラクチェがシャナンの恋人だからなんだけど。
 はじめは、シャナンに恋心を抱くパティを脅威に思っていた。もしかしたら溌剌として可愛らしく、素直なパティにシャナンが魅力を感じるのではないかと。
 でもシャナンと思いが通じ合ってからはそうではない。なんていうか、かわいそうというか、哀れというか、なんといったらいいのかラクチェの乏しい語彙では表せないんだけど、もっと、別の方向にそのエネルギー向ければいいのに、と思う。
 そうたとえば、ラクチェの双子の片割れとか。
 スカサハがパティを好きだと公言しているわけではないけれど、わりとみんなわかってる。わかってないのはパティ本人じゃないのかと思うくらいには。普段は鈍いラクチェだって、スカサハの気持ちがわかるくらいなのに、傍にいて、応援してもらっているパティは、シャナンの方を向いているからなのか、スカサハの気持ちに気が付いていないようなのだ。
 だから、不毛だと思う。
「なんかもっと強引に行ったりしないの?」
「強引って?」
「わかんないけど、なんか、あれよ」
「ふうん」
 またもや進まない会話だ。
 猪突猛進なラクチェと違って、スカサハは受け流すのが得意なタイプだ。違って、というか、ラクチェがこういう性格だからスカサハが受け流すようになったのだろうか。
 一方的な会話をずっと続けているのも楽しいけれど、今回ばかりはそうもいかない。
 どうにかして、スカサハとパティがいい感じにならないものか、なんて。
 ぶすったれて、我ながら可愛くない顔で唇を突き出すと、スカサハは目を閉じたまま手を振る。
「まあ、ラクチェがそんな考えなくていいよ」
「なによそれ」
「こんどパティがお弁当を作るって話になったんだ」
「は?」
 誰に? 何のために?
 唐突な話題の出現に、ラクチェの頭は一度動きを止めた。お弁当? なんだそれは。
「シャナン様に食べてもらいたいから、一回味見してって。今度作るんだってさ」
「はあ?」
「何が好きなのって聞かれたから、答えておいた」
 スカサハの手が指折りメニューを数える。
 ラクチェの頬が歪んだ。笑えばいいのか呆れればいいのか、ほとほとわからずにいる。
「信じらんない、全部あんたの好物ね」
「シャナン様の好きな物、とは聞かれなかったからね」
 シャナンにとっては好物ではない、べつに好きでも嫌いでもないもの。出されても歓声が上がるような代物ではない。
「スカサハって性格悪いわ」
「悪くないさ、強引に行くのは性に合わないってだけで」
「それ、楽しいの?」
「だからやってるんだ」
 性に合うやり方ってもんがあるんだよ、だからそんなに心配しなくてもどうにかなるよ、と答えると、スカサハはわざとらしく寝返りを打った。