バーハラでの戦いはのちに何と言われることになるのだろうとデルムッドは思った。城は遠く、デルムッドは帝国兵と交戦中に天を目指す光を見ただけだった。あまりに異質で神々しい光に、デルムッドだけでなく帝国兵も剣を握る手の力を緩めた。
戦の幕引きは、そんなあっけない出来事で始まった。
デルムッドは母の遺志を――意志を尊重し、母の国へ行くことを決めた。先日アレスとセリスにその申し立てをしたところである。受理はまだだが、すぐに降りるだろう。アレスにはもともと熱望されていた。
ナンナはすでに嫁ぎ先を決めた。デルムッドとはかかわりの薄い、聖戦士の血を引く男といつの間にか婚約を決めていた。デルムッドはそれを申し立ての時に初めて耳にした。
結局デルムッドは解放軍が解放軍であるうちに、ナンナと大して打ち解けることができなかった。
デルムッドにとっては今現在生存の確認できる唯一の親族である。父は死に、母は砂漠へ消えたという。ナンナは母の生存を信じて疑わないが、デルムッドは端から望みを抱いてはいない。デルムッドにとって、ナンナとともにいないことを知った時から母は死んだも同然だった。
デルムッドは異国イザークでグランベル王国の貴族の嫡子たちと幼少を過ごした。実質彼らがデルムッドの家族だった。だがデルムッドは幼い妹、そして実母がレンスターにいることを知った。それからは、幼馴染たちも本当の家族でないことがわかり、どこか遠く感じたのだった。
仲が悪いというわけではない。一番打ち解けて話せるのはその幼馴染だし、信頼を置くのも幼馴染だ。
ただ、彼らもデルムッドの家族ではない、彼らには彼らの家族、親族、血のつながりを持った者がいるのだと知っただけだ。同じ幼少を過ごした幼馴染の中に。
レスターはラナの兄で、エーディンの子供だった。スカサハとラクチェは双子で、シャナンはその従兄だ。遠縁ながらもセリスとオイフェには同じ血が流れている。時折訪れるレヴィンは家に戻れば妻子があるという。
共に過ごした集団の中で、血縁を持たぬのはただデルムッド一人だった。
それゆえデルムッドは妹と、血を分けたたった一人の妹と、自分を生んだ母親と再会するのが望みであった。
実を言えば母はそこまでの望みがない、会ってしまったらばなぜ自分を捨て置いたのかと詰め寄ってしまったろう。その点では、デルムッドは母が死んでくれて助かったと思う。
妹は、ナンナはデルムッドにとっての生きる希望だった。この孤独、デルムッドの抱える孤独を癒してくれるのは妹だけだ。レンスター、異国の地で母と二人、他国に庇護されているデルムッドの家族。早く会いたくて仕方がなかったし、ナンナと会うためだけに何度もの戦を生き抜いてきた。
その自覚がデルムッドにあった。会ったことがないながらも、デルムッドは確実に妹バカだったといえる。
ようやくデルムッドがナンナと会うことができたのは、砂漠を超え、トラキア半島に入った時だった。驚くほどに疲弊していた。トラキア半島の情勢は耳にしているつもりだったが、それと妹の状況が結びついてはいなかった。
レンスターの王子と養父のフィン、そしてナンナ。一切血の繋がっていない三人であったが、ナンナはフィンのことを実父のように、もしかしたらそれ以上に慕っていた。
兄のことはさほど心配していなかったという。それは母がデルムッドを迎えに行くと言い残したからだとナンナは弁明したが、その弁明のなかにもいくばくかの非難を敏感にデルムッドは感じ取った。
母が不在なのは兄のせいだと、妹はそう感じているのかもしれなかった。
ともあれその時にデルムッドの幻想ははかなくも打ち砕かれたのであった。
デルムッドの望んでいた妹とは違った。孤独を抱え、母と二人でまだ見ぬ兄への思いを募らせていたはずだった。決して血のつながりのない男二人を実の家族のようにしたい、打ち解けあい、そして母のことで兄へ毒々しい思いなど抱いていないはずだった。
それが決定的になったのかもしれない。デルムッドがそれからナンナと話すことはあっても、打ち解けることはできなかった。
しかしデルムッドだけのせいではないと思う、ナンナもまた、どこかしらの違和を感じていたのだろう。デルムッドが踏み込まぬ限り、ナンナは決してデルムッドとかかわろうとしなかった。
きっとナンナにとっては兄など、行き別れの兄などはさほど重要ではなかったのだろう。それはフィンやリーフといった彼女の家族との話で分かった。ナンナの心はレンスターにあり、グランベルにはなく、デルムッドにもなかった。
一方でリーフではない男と結ばれたナンナがデルムッドには分からなかった。ナンナはてっきりこの戦いの後は再びレンスターへ戻るのだろうと思っていた。それが当然だと思うほどなレンスターへの入れ込みぶりだったのだ。
しかしナンナはほかの男と婚約を交わし、嫁ぐという。トラキアではなく、グランベルの領地へ。
兄としてその男と何かしら話せばいいのだろうか。妹をよろしく、とレスターもスカサハもそれぞれ義弟になる相手に伝えていた。そのあとの積もる話もあったようだ。翌日は二人とも目をはらしていた。
そんな話などデルムッドは決してできるはずもない。
できるとしたらリーフとフィンだけだとおもう。ナンナの家族、デルムッドではない、血のつながりのない、家族。
デルムッドにできることは離れたところで妹の祝福を祈ることだけだろうか。婚姻の儀には呼ばれるかもしれない、しかし涙で頬が濡れることはないだろう。
まるでこの戦いと同じだとデルムッドは考えた。知らぬ間に、あっけなく幕引きがなされている。ナンナとデルムッドがこれ以上親密になることはないのだろう。それでも血のつながる妹のためには、少しでも、幸運を祈るのが兄の務めなのだろうとデルムッドは目を閉じた。
16.01.03/{#FE25周年なのでリクエストされたFEキャラを描く}