降り続く雨は止まなくて、先ほどまでは暖かかったはずなのに、急に肌寒さなんて感じてしまう。リーンは軽く身震いをして、丸く縮こまった。
どうにか雨宿りのできる居場所を確保したはいいけれど、下は雨ざらしの石畳だしリーンは薄手の外出着だ。踊り子の衣装じゃないのがまだ救いってなもんで、もともと厚手の服が好きじゃないってのもあるから、やっぱり寒くて。
むき出しの腕に当てた白い手に、ひんやり。撫でてみてもさすってみても、なんとなくの暖かさはあるけれどそんな効果がないことはわかってる。
さっきまで晴れていたのになあ、なんて短い庇から空を伺ってみれば、たしかに雲の間から青空が。
もう少しすれば晴れるかな、それまでの辛抱だ。
リーンは、我慢は慣れていた。寒さだって耐えられる。
ポツポツと雨だれが叩く地面に視線を向けると、ふと、人が近づく気配があった。視線をまた上げると、リーンの頬は自然と緩んだ。
「ファバルも雨宿り?」
「ああ」
雨宿りというにはすでに手遅れかと思えるほどに濡れ鼠だ。
いつもサラサラの、春の朝日のような薄い色の髪の毛が、ペッタリと額に張り付いてしまっている。滴る雫が首元を伝って、それでもマントがあるせいか、服自体はそんなに濡れてなさそうだ。
「どうしたの、珍しいね」
「そうか、何が?」
「うーんとね、ファバルが町に出てるって、あんまない気がしてる」
前髪をかきあげて、ファバルは口の片端だけをあげて笑んだ。いたずらっ子のような笑顔に胸がときめいてしまって、リーンは緩む唇を引き締めた。
「ーーリーンが、いるって聞いたからさ」
「追いかけてきたの?」
ファバルは1度目を丸くすると頬を赤くして顔を背けた。そんなつもりはなかったのだろうか。そうとしか、とれないけど。
「ふふ、ファバル、照れてる」
「照れてない」
「追いかけてもいない?」
笑い声とともにリーンがファバルに寄り掛かろうとすると、やめろ濡れるだろ、とファバルの右手がリーンの肩を押しとどめた。
「いいのに、濡れるくらい」
「よくないだろ、ーー冷たいし」
ファバルの手はスルリと腕に触れ、大きな声を出した。そんなに驚くことだろうかと首をかしげるけど、ファバルの手のひらがとても温かくてリーンは自分の手を重ねた。
「うん、でもファバルの手、あったかいから」
そうじゃなくて、とファバルの声は少しイラついたように荒れたけれど、リーンはそれがファバルの照れ隠しだと知っている。どうしたのだろう、と首をかしげようとすると、ばさり、と。
「ーー濡れてるやつで悪ぃけど」
「ファバル」
「すこしゃあったかくなんだろ」
先ほどまで身につけていたマントだ。雨にさらされていたというのに、表面は濡れているけど、それでも気にならないくらいに暖かい。
「ファバルが寒くなっちゃうよ」
「寒かねぇよ。気にせず着てろ」
「ふふ、ありがと」
リーンは甘えてマントを首元で止めた。
全身を優しい暖かさで包まれて、ふんわりとファバルの匂いがする。くすぐったくて、笑みがこぼれてしまう。
ありがとう、ほんとあったかいよ。再度お礼を口にしようと思ったけれど、見上げたファバルの頬が赤らんでいて、きっとそれは雨のせいじゃないんだろうな、と思ったらリーンも頰が熱くなってくる。
しばらく黙ってファバルはリーンの隣で庇から空を見上げていた。そのうち、お、と声をあげる。
「どうしたの?」
「虹だ」
ファバルが右手を伸ばした先に、高い木立に少しだけかくれて、綺麗な光の橋ができていた。
「わあ!」
外はもう雨が上がっている。リーンは庇から飛び出して、まだ石畳にたまる水を跳ね飛ばした。
少し場所を移せば、木立の影響も少なく端から端までが見えるだろう。
「綺麗ね」
リーンは見上げながらうっとりと呟いてクルリと回った。翻るマントに隠れながら、ファバルがそうだなと答えながら微笑む姿が目に焼き付いた。