けもののみち


 すっかり暗くなってしまった。
 城を出たユリアは首元で外套のあわせを握り、ほうと温かな息を拳に吐きかけた。だんだん冬に近づいているのか、冷たい空気は足早に夜を引き連れてくる。少し前までは日が暮れるのももっと遅かったはずなのに、気が付けば夕暮れは通り過ぎ、しっかりと夜の帳の世界が出迎える。
 寒いのは好きだ。育ったシレジアを思い出させるから。足早な夕暮れもシレジアに似ている。優しくはないが愛情のあった養父との生活は、幼いながらに歪さを感じたけれどもユリアにとって特別な思い出である。それ以前の記憶がないから、大切にできる唯一のよりどころだという実情もあるのだが。
 養父に連れられて参加することなった解放軍は、これまでに知ったユリアの生活とは違い、刺激と興奮にあふれている。沢山の人に会うこと、話すこと。戦闘はいまだになれないし、傷ついた人たちを癒すのは不安だが、知らなかったことが啓けていくことは楽しみが多い。
 だからつい、わがままが増えてしまった。もっと話したい人がいる、もっと知りたいことがある。いつか、自分の過去を知って自分の未来が定まった時に、誰かを支えて、守って、生きられればいいと思う。
 そんな欲が出たから、セリスに頼み込んで城の図書室に足しげく通わせてもらっている。来たトラキアの古城そばに宿営して早数日、攻防は均衡を保ってしまい戦闘の予定は立ってない。日々の仕事があらかた片が付けばあとは自由な時間だが、その時間を使わせてもらって、古城に通うのだ。
 古城はトラキアとの度重なる戦闘で疲弊し逃亡したどこかの有力貴族のものだったと近隣の住民は言っていたが、手放したのも十数年前のことだという。トラキアも他の有力者たちもこの一帯を魅力に思わなかったのか、誰も支配する者は現れなかった。住民たちは突然支配者を失い困惑し、あるものは親戚を頼って別の土地へ越し、あるものは行き場もなくこの地に居を構え続けているという。
 誰も住まず、管理していない城はただ朽ちるのを待っているのか、鍵もかけられていなかった。宝飾品や武器、一部の私財は持ち出されているようだが、図書室や資料室、住居棟などたくさんの物品が残されていた。
 近隣の住民たちは解放軍に占拠してほしいようで、オイフェに申し出があったという。しかし予定にない城の占拠は資金的にも人材的にも準備が必要で、即決はできていない。
 とりあえずは城の鑑定と一時的な保管を兼ねて、掃除や内覧に人員が割かれるようになった。ユリアの図書室利用もその一環と位置付けてくれた。図書室の史料編纂は重要な役割だし、それを理解できる人員は貴重だ。事実ユリアだけでなく、賢者セティもたまに足を運び、史料編纂の名目であれやこれやと本を読みふけっている。
 欲を言えば読みかけになってしまう本を借りて宿営地で読み続けたいのだが、さすがにそれは越権行為だろうと理性が留める。解放軍は強奪したいのではなく、同意の上での占領が目的なのだ。
 なのでつい長居をしてしまう。今夜は何も予定がなく、明日もこれと言って仕事はない。予定のない日はつい燭台の火が許す限り図書室にこもっている。
 宿営地まではそう遠くはないものの、すっかり手元が暗くなってしまった今では、もう少しだけ早く城を出ればよかったと後悔しないでもない。数日間通い詰めた道は暗闇でも歩けるけれど、それでも戦闘地帯ではある。平和ボケをするほど安穏としているわけでもない、外套の下に常に忍ばせている使い慣れた魔導書の存在を感じながら、ユリアは夜道を歩いた。
 今日はセティは来ておらず、ユリアの見知った顔は古城にはいなかった。いたら少しは違っただろう。誰か、優しい知人がいると帰るときにユリアに声をかけてくれるのだ。
 それはユリアのもたらす人徳ではなく、ユリアの養父が解放軍で重要な立場だからだと知っている。知っていても、ユリアへの心遣いがうれしくて、甘んじて受け入れてしまうのはきっと傲慢さを身に着けたわがままなのだと、こうして一人で帰るときは心を引き締めるいい機会だ。
 古城は小高い場所にあり、周りは木々で囲まれている。その木々の合間、ぽっかりと空いた草原地帯が解放軍の宿営地である。古城を出てすぐだと、宿営地に灯された明かりが地上の星々のように美しく輝いて見える。まばらな林の間は見え隠れしている。もっとも、夜のとばりの中、ユリアは転ばぬように足元に気を取られているのだが。
 道は以前は手入れがされていたのだろうが、古城が見放されてから手が入っていなかったと見える。解放軍が草を払ったものの、足場は安定しない。以前敷き詰められたと思しき石畳も浮かびながら野草にまみれていた。
 ふと、うつむいてばかりのユリアの耳に人の足音が聞こえた。まだ古城に誰かいたのかと後ろを振り向いてみても気配はない。よもや敵かと外套下の魔導書を握り、さっと木の陰に隠れてみれば宿営地の方角から揺れ動く明かりがあった。
 さてだれだろうとじっと身を潜めていると、角灯を持つ人物が楽しそうな声を出した。
「ああ、いたいた」
「デルムッドさん?」
 割と距離はある、隠れているはずなのに見抜かれて、ユリアは驚きを隠せなかった。そんなにも自分は隠密が苦手だったのか。これでは相手が敵兵であったらば、きっとひとたまりもなかったに違いない。
 たしかにユリアは訓練された精鋭兵ではないにしろ、解放軍に入ってからいろいろなことを学んだはずであるのに、幼少から訓練を受けたデルムッドにはかなわなかったということだ。今度教えてもらおう、と心に決める。
「どうしたんですか」
 デルムッドか駆け寄って、木陰から出るユリアに手を貸してくれた。デルムッドはいつも優しく、何かと気にかけてくれる一人である。養父とデルムッドの距離の近さも要因の一つであろうが、気さくで飾らない態度や言葉の端々がユリアには心地よいのが事実だ。一番頼ってしまう人物であり、一番気を許している。同じくらい、己の未熟さを恥ずかしく思ってしまうのだけれど。
 解放軍の立ち上げにも一役買っているというデルムッドは、セリスと幼馴染というだけでなく特別な雰囲気を身に纏っている。軍でもそれなりの立場にいるが、末端にも気軽に声をかけてくれる。上からも下からも重要視されていて、何かと細々とした仕事で日々忙しくしているのを知っている。
 古城には滅多に立ち寄らないが、何か用があったのだろうか。こんな日暮れに、単身、馬にも乗らず。もっともこの木々を馬で抜けるのはなかなか大変なことだろうと思うのだが。そうか、この古城を占領するには木々を伐採し馬で通れるようにしなくてはいけないのだと、デルムッドに手を重ねながら考えてしまう。別に何というわけではないのだけれど。
 デルムッドはユリアが平らな地面に降り立つのをゆっくりと待って、それから角灯でユリアの全身を照らし、うん、と一度頷いた。笑顔である。破顔すると少しだけ幼く見える表情が何だか眩しく思えて、ユリアはさっと視線を下におろした。平時はきりりと上がった眉が笑うとかわいらしく下がるからかしらと思えども、それを確かめる勇気が出ない。
「迎えに来たんだ。夕餉の時間になってもユリアが帰ってきていないって聞いたから。何もなさそうで安心した」
「夕餉、もうそんな時間になってましたか」
 流石に驚いて、ユリアは再び顔を上げる。正面から瞳がかち合うと、やはり上がっているはずの眉は少し目じりに近い。
「本当はまだ、もう少しだよ。でも帰ってきていないって聞いたのはホント」
 優しい先導で手をつないだまま、デルムッドと共に宿営地への道を歩く。デルムッドは腰に剣を佩き、少し厚手の服を着ているようだが外套は羽織っていない。寒くないのだろうか。
「すみません、ご足労をおかけして」
「ちがうちがう、俺がユリアを迎えに来たかったの」
「そんな……、いえ、ありがとうございます。でも、本当に申し訳ないです。遅くなってしまったせいで」
 デルムッドにもやるべきこと、やりたいことがあったろうに。交友関係の広い彼のことだ、夕餉もその前もたくさんの人と談笑している姿を見かけない日はない。
 わざわざ足を運ばせてしまったという苦々しい思いと、わざわざ迎えに来てくれたという喜びがユリアの胸を支配する。ユリアのことを心配する暇があれば他のことが沢山できたろうにとおもいながら、他のことを差し置いてもユリアのことを心配してくれた、と別の自分がささやく。そんなわがまま散らしたことを考えてはいけないと思うのだが、欲張りを覚えてしまった身には少々難しい。まだ自制が聞かないことが多いのだ、未熟なことに。
「それはそうと、楽しい? 最近ずっと通っているみたいだけれど」
「はい、とても楽しいです。やはりトラキア、特に北トラキアについての文献が多いですけれど、飛竜についての書物も見かけました。それはセティさんのほうがお詳しいかとすでに伝えてありますが」
「ああ、そういえばセティさんがオイフェさんと話していたな、ユリアのことも話題に上がっていたからなんだろうと思っていたけど、そうか」
「はい、きっとそうです。セティさんもよくいらしていますから」
「毎日? 今日は」
「毎日ではないです、今日もいらっしゃいませんでした」
 こんななんてことない話をするのが楽しいし、なんてことない話で盛り上がるとはこれまでのユリアは知らなかったことだ。もっと有益なこと、為になることだけを話さなくてはいけないと思っていたから。
 そうか、よかった、とデルムッドが楽しそうに相槌を打つ。デルムッドは常に上機嫌で、ユリアはそれをうらやましいと思う。いつも笑顔で、優しくて、気がきいて。つまらないことしかない、何も知らないユリアとも話が途切れない。
 きゅ、とデルムッドの手に力がこもって、軽く腕が上に上がった。間髪入れずに優しい声がユリアの耳に届く。うつむきがちの視界に、デルムッドのなめし革のブーツが見えた。優しい足取りで、盛り上がった木の根をまたぐ。
「気を付けて、ここ、根が」
「はい」
「じゃあ、一人だったの、今日は」
「そうです。はい。もしかしたらまだどなたかいらっしゃったかもしれませんが、図書室には、私だけでした」
「そっか、よかった。でも一人はさすがに危ないのかな、うーん」
 何かを考えているのか、わざとらしさも見え隠れする口調でデルムッドは首をひねった。
「何かありましたか?」
 もしかしたら敵襲の知らせでもあったのだろうかと、ついユリアの頭はきな臭い方向へ行く。しかしそうではないとデルムッドは優しい目つきで首を振った。
「何もないよ。戦況もこれといって何も変わってない、心配することはないよ。まだ帝国兵もトラキア兵も動きがないようだからね。でも、ここのあたりはどんな獣が出るかもわからない。夜遅くまで一人なのは危ないよ」
 そう、ほんとうに、どんな獣がいるかなんてわかったもんじゃないよ、とデルムッドは含みのある声音でもう一度つぶやく。
 そうですね、とユリアは声を暗くして頷いた。
 確かに浅慮だった。魔導書があるから、とうぬぼれていたのではなかろうか。自分はこれといった戦力でもなく、重役でもない。養父にとって重要な存在と言えるほどのものではなく、囚われても人質としての価値もない。そうおもって、悠々と過ごしていたのではなかろうか。
 しかし敵兵にはそんな事情などお構いないだろう。女子供であれ、害するものは殺すのが常だ。そもそも帝国兵であれば、女子供は子供狩りのいい標的だという。これまでに通った街で何度も子を連れ去られた親たちの涙を見てきたというのに。
 自分にはそんなことは起こりえないと、古城と宿営地は近距離だからと気が抜けていたのだ。ここは変わらず戦場であるのに。
 そうでなくとも人の住まわなくなった自然には、おおくの野生動物が現れる。そうだ、会話のできぬ巨獣を前にユリアに何ができようか。詠唱を待ってくれるとも思えず、素早さでも巨躯にもかなわない。遭遇したらひとたまりもなかったのだ。
 浅はかだった。考えが足りなかった。デルムッドが迎えに来てくれた、といことに浮かれうぬぼれる場合ではなかった。デルムッドが心配してくれたのは、帰りが遅いのがユリアだからではない。解放軍の仲間として、誰一人でも危険にはさらすわけにはいかぬと思っているのだろう。
 ギュウ、と体に力が入ってしまっていたのだろう、デルムッドの手を知らぬ握りしめていた。立ち止まったデルムッドが、どうしたの、とユリアの顔を覗き見る。
 跳ねるように、恥ずかしくて顔を上げた。
「デルムッドさん、私……本当に恥ずかしいです。知らなくて……こんなにデルムッドさんにご迷惑をかけて。知りたかったんです、いろいろなこと。そうすればもっとデルムッドさんや、たくさんの人のお役に立てると思って。私は昔を忘れてしまいましたけれど、そうでなくとも皆さんよりもいろんなことを知らないのが恥ずかしくて。でも、それがご迷惑になるとは思ってもいなくて……」
 迸るように流れ出た言葉は、次第に尻すぼみに消えてしまった。
 なんてまとまりのない、つまらない話だろうと心の中でため息が出る。それでも伝えたかったのだ。浅慮な自分を恥じていること。デルムッドや解放軍の役に立ちたいのだということ。いつか誰かを支え隊と思っていること。迷惑をかけたくなかったんだということ。そして、デルムッドの思いやりが嬉しいこと。
 デルムッドならきっと同じことでももっと魅力的に伝えてくれるのだろう。デルムッドが、こんなことを言う場面など想像もできないけれど。
 こんな状況に陥るなんて、デルムッドならありえないだろう。知識があり、交流が広く、視野が広く。いろいろなことに気が付ける人なのだから。
 他人に迷惑をかけてばかりのユリアとは大違いだ。
 悲しくて、体中の力が抜けた。ふう、と静かに長い溜息と一緒にこの申し訳なさまでなくなればいいのに。ユリアの溜息に呼応するように、重ねた掌から零れ落ちそうになっていた手は、デルムッドが握りしめ優しくさすってくれた。
「うーん、ユリアはもしかしたら何か誤解しているのかな」
 デルムッドの気遣いはとても優しく、ユリアにはもったいなさすぎる。首を振るユリアに、デルムッドは少し不思議そうな色を瞳に浮かべて握った手に力を込める。
「俺が言いたかったのはそういう獣っていうか送り狼的な獣だったんだけど、まあこの場合は迎え狼っていうのかな」
「オオカミ……」
 デルムッドの言わんとすることはあまりよく理解できなかったが、知った単語は理解できる。シレジアの山にもいた凶暴な獣の名前は、ユリアをふるいあがらせた。
「この辺りにもいるんでしょうか」
「ん?」
「オオカミ、デルムッドさんが先ほどおっしゃった……」
 狼がどれだけ人里に被害を与えるか、養父から聞いたことがある。目の当たりにしたことはないが、そうだ養父は一人で出歩くなとユリアに伝えていたのだ。いまさらながらに思い出し、ユリアは改めて自分の浅慮を恐ろしく思った。
 なにが史料編纂だろう、今いる地域の基本的な状況を知ることもなく行動するのは愚か者のすることだった。知りたい、知識を蓄えて誰かの助けになりたいなどと烏滸がましい。まずはその前に、自分の足元から固めるべきだったのだ。
 だからデルムッドは迎えに来たくれたのだ、と納得がいった。
 危険な地帯にひとり残った非戦闘員。デルムッドは気になることだろう。しかしそれはデルムッドも危険にさらすことになる。ユリアがそうさせたのだ。デルムッドは腕の立つ騎士だが、この林のなかでは馬の脚力は期待できず、体一つで戦わせることになるのに。
 魔導書のほうが有効なのでは、と幼いユリアは養父に聞いたことがあるが、獣は人よりも素早く、お前の腕では足止めにすらならないだろう、と言われた。成長した今では少しはまともになっているとは思うのだが、それでも魔導書で獣退治は有効でない。
 何もかもが足手まといだ。
 ならばせめても、行動だけは気を付けるべきだったのに。
「……ユリアに余計な心配をかけちゃったかな」
「いいえ、ご心配をおかけしたのは私の方です。本当に……デルムッドさんに申し訳ないです」
 しょげるユリアを見下ろすデルムッドも少しだけ困った顔をしているが、視線をずっと足元に下げたままのユリアは気が付かない。
 うーん、と少しだけデルムッドは唸り声を上げ、角灯を持たまま器用に髪をかく。
「俺はやりたくてやってるんだけど、あんまり伝わってないみたいだな。いいのいいの、ユリアはあんまり気にしないで」
「でも」
 いくら何と言われようと、凶暴な獣に襲われる危険性は気にしなくてはいけないものだ。
「それにほら、考えてよ。北とはいえトラキアでは、狼よりも怖いヤツがいるでしょ」
「……飛竜」
「そうそう、野生の竜がいるっていう話だからね。あ、その話はユリアが見つけてくれた本からの情報だったかな。俺もまだオイフェさんに詳しく聞いたわけじゃないんだ。オイフェさんとそういう話をしただけだから」
「デルムッドさん」
 これはいくら鈍いユリアでも気が付いた。ユリアがセティに伝えた情報が無駄ではなかったと遠回しに伝えてくれているのだ。なんて優しいのだろう、と、いたたまれなさと同居するときめきで胸が締め付けられる。
「それにきっとオオカミはいないかな、この辺りには。いても俺はオオカミよりも強いよ、大丈夫、ユリアのことはばっちり守るから」
 デルムッドはオオカミが見たことあるのだろうか、と少しだけ考えてしまう。いくら手練れでもあの自然の獣と、足手まといのユリアを守りながら戦うことはできるのだろうか。とはいえユリアも見たことがない。被害の恐ろしさを聞いたことがあるだけで、吐く息の生臭さも駆け足の素早さも想像だけだ。
 いないというのならば先ほどの言葉は何だったのかとぼんやりとした不安は残るものの、守る、と言ってくれた言葉がとてもうれしい。浅はかで、考えの足りない一介の魔導士に、こんなにもやさしくしてくれるデルムッドの、いつか本当に役に立てたらいいと思う。
 たくさんの恩を返したいとも思う。その時には優しさでなく、ユリアの有用性を証明できればいいのにと。ユリアにいてほしいと、傍にいるのがユリアでよかったと、心からデルムッドが思ってくれればそれ以上の幸せはきっとないだろう。
 それには、今は確実に足元から固めるしかない。過去を忘れていても、しっかりと地に足をつけ上を目指して。上ばかり見つめた知識ではなく、下を、ユリアの周囲を固めながら少しでも力をつけていくために。
「……はい」
 デルムッドの温まる心遣いが、哀れな少女への憐れみからではなく与えられてくれれば。ずっとデルムッドに気を使わせるのはそれこそわがままなのだろうけれど、そう願わずにはいられないのだ。
「ありがとうございます。デルムッドさんが……デルムッドさんに守っていただけるの、とてもうれしいです」
 恥ずかしかったけれど、デルムッドの顔を見て、微笑んでみた。デルムッドもにっこりと微笑んでくれる。下がる眉が可愛くて、胸がときめく。
「良かった、嫌じゃないみたいで。さあ、帰ろう。戻る頃にはそろそろ夕餉が始まるね、良かったら一緒に食べよう。よく見なかったけれど、何か知るものを作っていたよ、いい匂いがした」
 はい、とユリアが頷くと、よし、とデルムッドは楽しそうに一度頷く。足元に気を付けて、という言葉に再びユリアの視線は下を向くけれど、いつまでも下がり気味の楽しそうな眉が心の中に浮かんでいた。