幌馬車



 ギィ、と鈍くきしむ音と共に、幌馬車は出入り口の方にゆっくりと傾いた。
 パティは木の匙を口にくわえたまま顔を上げた。右手には塩気のきいたスープの入った木の器、左手には食べ飽きは黒いパン。もそもそしていて美味しくないという人が多いけど、結構パティは嫌いじゃない。
 よ、とパティに挨拶をする逆光の姿に、パティは咥えたままの匙の柄をヒョイと上げた。
 匙を咥えていたままでよかったと思ってしまう。びっくりして声が出なかったから。ごくん、とつばを飲み込むと、堅い匙が上あごに当たって痛む。
「なんだ、パティ、外にいないと思ったらこんなとこにいたのか」
「んん」
 さすがにこのままなのはちょっと無作法かな、なんて普段は考えないことに頭を回らせて、パンを木の器の上に置いて匙を出して改めて口を開く。
「はぁい、レスター」
 幌馬車の外は明るくて、薄暗い幌のなかのパティからみたレスターは本当に逆光だけれど、声を聞く前から誰だかわかってしまった。
 すらりと伸びた背と引き締まった体、不格好に弓を引く腕だけ少し太くて、お兄ちゃんと同じだと思いながらも違うところにばかり目が行ってしまう。きれいな青い髪とか、優しい深い色の目とか。
 逆光でまだよかったかもしれない、パティが座る幌馬車の一番奥からだと、いろいろ良く見えないから。
 でもレスターは馬車の入口に座るんじゃなくて、よいしょと反動もつけずに馬車に乗り込んできた。硬直するパティなんか気にも留めず、高い上背をかがめながら隣に座る。
「陽がさえぎられるだけで涼しいな」
「うん、だからここでご飯食べてたのよ」
 賢いでしょ、といわんばかりの表情を作ると、レスターはキュッと目を細める。目じりに浮かぶかわいい小さな皺は暗くて見えなかった。
「あれ、レスターパン二枚?」
 左手にもった木の器には、パンで蓋をしてその上に匙で重石をしている。だのにもう一枚、右手にも。
「スカサハがあんま好きじゃないからさ、頼んだらくれた」
 レスターは頷いて、右手のパンにかじりついた。レスターもこのパンが好きなのだと知り、そんなささやかな共通点に嬉しくなる自分が気恥ずかしい。澄ました顔のままでいたい。
「かわいっそ、スカサハそれで足りるの?」
 スカサハはどうやらパンが好きではない一人のようだが、だとしたらスープだけということになる。それではさすがに足りないのではないだろうか。他に軍からでる食事があるわけでもないし、この付近には町もないから何か買うこともできない。
「さあな。でもラナがいるから何とかなるだろ」
 モグモグとパンを食みながらレスターは肩をすくめる。なんでラナ、と聞こうとして、そういえばラナが炊事係なこととか、スカサハと仲がいいことを思い出した。そうね、とつぶやいて、それ以上余計なことを言わないように、レスターに倣って口にパンを詰め込んでおく。
 モサモサして、すごく堅くて、少しすっぱい。パティはこのすっぱさが好きだった。
 でも今はこの堅さも好きだ、余計なことをしゃべらなくて済むから。その代り、頭の中で余計なことばかりいろいろ考えてしまう。
 パティと同じ大きさのはずなのに、レスターの大きな掌が持っているだけで、木の器、ちっちゃく見えるものなんだな、とか。
 あたしのこと、探しててくれたのかな、とか。レスター。いや、そんなことないだろうけど。
 なんでいきなり、許可もなく人が食べてる横に来るのかな、とか。聞かれたらもちろんいいよって言っちゃうけど。当然。だけど。
 こんなにいろいろレスターのこと考えてるなんて、きっと本人は気が付いてないんだろうな、とか。
 そのままもぐもぐ、二人で黙ってパンとスープを食べる。外はキラキラ陽の光がまぶしくて、相変わらず幌馬車のなかは光が届かなくて薄暗くてほんのり涼しくて。
 でもレスターの側、隣にレスターを感じるパティの腕は、ちょっとだけ熱を帯びていて。
 レスターもそうだったら嬉しいな、なんて淡い期待抱きながら、パティはパンを飲み込んだ。
 
 



2018/06/25

えいどうさんの今日の組み合わせは
レスター←パティで
お題は「馬車に揺られ」です
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