戦終わりには一兵卒に混ざって酒を飲むのがアレスの習慣だった。貴族ばかりの士官連中と違って、これまでアレスが育ってきた傭兵隊と空気が近い。ここではアレスが異質なこともあり、滅多なことでは誰も絡みに来ないのもまたよかった。時折じろじろと物珍し気な視線はあるものの、気にするほどのものではないしうるさい奴は一睨みすれば関係はない。
誰かと仲良くなる気もつるむ気もない。交流を持つのが目的ではない、ただ安酒を気が済むまで飲みたいだけなのだ。
唯一来るとすればデルムッドだけである。解放軍の古参で、いかにもな貴族で、アレスの従兄弟。へらへらとつかみどころがない。
それでも常に入り浸るわけでもないからまだ許容できる。きっと他人との距離を測るのがうまいのだろう。人付き合いを好まないアレスにはない特技だ。
酔狂なことに士官用に出される質のいい酒ではなく安酒がいいと抜かす。本心かは置いておくとして、確かに酒精だけがきつい安酒であってもデルムッドは美味そうに飲んでいた。
酔うための酒である。酒に強いアレスには、味のいい酒よりも望ましい。とはいえごくたまにデルムッドが持ってくる上質な酒は確かにおいしかった。
今夜は誰も来ないだろう、安心して酒を飲める。酒瓶を数本掴んで、中心から離れたところに席を取った。
今日の戦は勝戦だった、いや最近はずっと勝戦である。この付近の敵が弱気になっているのか、始まる前から手ごたえがない。それでも眼前の敵をねじ伏せ、戦場に響くセリスの勝鬨を聞くのは昂った。
胸の中で荒ぶる熱を酒で鎮める。瓶が一つ空くころに、ざわめきが少しずつ近づいてきた。視線を向けると遠くから、解放軍盟主がこちらに向かってくる。
明かりに乏しい夕闇でもそれと分かる、にこやかな笑み。明るい青い髪、酒瓶と杯。間違えようがない。
あからさまに顔をしかめた。
「なんでだってお前がこんなとこに来るんだ」
迷惑を余さず全身で表明したはずだが、とぼけた笑顔で気にする様子もない。
「だって、ここでお酒を飲むんだろう。私もお酒が飲みたくてきたんだよ。ここだって解放軍、私はリーダーだから、こういうところも知っておくべきだしね」
ほら、と差し出すのはたまにデルムッドが持ってくる銘柄の酒である。上等な奴。しぶしぶ受け取った。
この瓶はアレス用で、自分の分はもう注いできたという。今アレスの杯には安酒がなみなみ注がれている。一気に空けてしまおうかと見つめる間に、正面の席に陣取られた。
「それじゃあ、乾杯」
「……ああ」
流されるままに杯を交わしてしまった。まあいい、たまには。
しかしセリスの酒を開けるペースがどうにも遅い、アレスが一杯飲み終わるまでに一口二口しか進んでいないようだ。
わざわざこんなところにきてわざわざアレスの前でチビチビと酒をやるのだ。何か理由があるのだろうか。とはいえわざわざ聞いてやるほどお人よしでもない。黙ってセリス持参の酒を開けた。
「アレスは酒に強いんだね」
「お前はずいぶん弱いんだな」
「そうみたいだね」
杯を空ける手が止まった。「なんだと?」
「あまりに飲めなくて自分っでも驚いているよ」
その目は幾分か眠たげで、顔はだいぶ赤い。呂律がはっきり回っていることが驚きだ。恐らく半分も空けていないだろうに。
「なんだ、お前……飲まないのか、普段」
「ああ、あまり飲んだことはない。見ているほうが好きなんだ、騒いでいる皆を見るのは楽しい」
セリスはクルクルと手の中で杯を回した。音もなく酒がこぼれ出てセリスの指を濡らす。その滴を行儀悪く服の裾で拭って、セリスはまだ果敢にも酒を飲んだ。
「あまり……飲まないほうがいいとオイフェに言われているんだ。父上が弱かったらしい。だからかな。こういうのは受け継がれるものなんだろうか」
「知らん。だとしたらこんなとこで飲んだくれてないでさっさと自分の部屋に帰って寝るべきじゃないのか」
明日は何をする日だろうか。今日は勝戦だから事後処理とやらで予定はつぶれるのだろう。一帯の占拠がそろそろ済むだろうから、この地域から離れることを視野に入れて。
事務処理にかかわりのないアレスにはしったことではないが、いかにも厄介なそれらは盟主が関わることではないのか。分からないけれど。
「アレスは冷たい、たまにはこうして親睦を深めたっていいんじゃないのか」
「必要か?」
「もちろん。それにデルムッドから面倒見がいいって聞いているだ、楽しみにしていたんだよこれでも」
反射的にガラの悪い悪態が口から飛び出して、それを聞いたセリスは楽しそうに笑った。夜風に乗って高らかに響き渡る。
「お前もそんな風に笑うんだな」
「珍しいかな」
さあなと肩をすくめて、アレスも笑った。
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