目に見えずとも 3


 めでたく婚姻を済ませたということもあり、ラナの部屋はアレスの部屋のすぐ隣になった。夫婦である前に王であるため寝室は別々に設けられていたものの、王である前に夫婦であるのでラナはアレスの寝室へやってきた。薄手のナイトガウンを羽織り、髪を横に流して首筋の傍でくくっている。
 なるほど髪が伸びたものだとアレスは戸口のラナに目を向けた。正直に言えばデルムッドに言われた時から今まで以前のラナの髪型が思い出せないでいたものだが、ここまで長くなかったことは分かる。今は片胸を慎み深く隠すだけの長さがある。
 アレスがずっとソファに腰かけラナを眺めているので困ったのか、ラナは胸元で手を合わせて一度部屋をぐるりと見回す。
 王の居室には、それなりの調度品をそろえているものの、寝室にはこれといった置物はない。ただアグストリアの伝統の文様が明るい色の壁紙一面に描かれている。広い部屋の中央には広いベッドがあり、横に唯一花を飾り、ぼんやりと燭台で照らしている。窓は少し離れ、やはりアグストリア文様が細かく刺繍された明るい色のカーテンと、その前に置かれたソファ。そして腰かけるアレス。
「……お傍にいっても」
 ラナの声を久々に聴いた。いや、これまでも式中も何度もラナの声を聴いたはずなのだが、そうか、ラナの意志で紡がれた言葉が久しぶりなのか、とアレスは低く唸った。だから何ということではないが、改めてこんな声の女だったのかと気が付くだけだ。
「構わん」
 アレスの言葉に導かれるように音もなくラナは近寄り、一度立ち止まってアレスの横に腰かけた。軽く肩を寄せる。
「これまで申し上げませんでしたが、この度のご縁を感謝します。アレス王。至らぬことの多いとは思いますが、どうぞよろしくお願い致します」
「――ああ」
 ほかに何を言えばいいのかわからない。初夜の作法など考えたこともなく、ラナの先ほどの言葉もそれの返答もふさわしいものなのかわからない。
 いざ寝台へ入ってしまえば行うことは一つで、これには作法も何もある意味アレスの得意分野ではある。しかし事前の事象についてはそう詳しくない。
 好きあった相手でもないのに高ぶる感情を求めるものだろうか。ラナのように、あくまでもこれは契約なのだと、政略的な関係なのだと再確認させるほうがいいのだろうか。
 わずかにセリスのことを気にしてしまう。好きな男がありながらほかの男に身をゆだねる気持ちはいかがなものなのだろうか。
 肩に伝わるラナの熱はアレスのものより少し低くて、緊張しているのか諦めなのかアレスには判断が難しい。問い質すつもりもないが、きっと自身のことを哀れに思うのだろう。
 手練手管を覚えてきたアレスと違い、ラナはこれが初めてのはずなのだ。
「――」
 気の利いた言葉の一つもかけてやれぬままラナに口づけし、夜が更けていくのを肌で感じた。

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